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第3話

 類と暮らし始めて二週間ほど経ったが、ふたりでの生活は想像していたよりずっと快適なものだった。朝食と夕飯は類が手料理を出してくれるので、統威は与えられた部屋で一日中執筆に集中することができた。  サークルに顔を出すとき、行きも帰りも類と行動を共にしていたせいで一部の女性部員たちから「類くんの独り占め禁止!」と文句を言われることがあったが、そのたび類は「俺から頼み込んで居候してもらってるんで、どっちかっていうと俺が先輩を独り占め中なんです!」と笑いながら説明していた。  そして家では想像していたよりも遥かに一人でいる時間が多く、落ち着いて脚本に向き合うことができた。類が必要以上に干渉してこないのは、執筆に専念したいという統威に気を使ってのことなのだろう。  ふっと目が覚める。スマートフォンのアラームが鳴る前に目が覚めるのはいつものことだ。遮光カーテンのおかげで苦手な朝日が差し込まないのはありがたい。統威は身体を起こして顔を洗いに部屋を出た。 「先輩、ちょっといいですか?」  寝癖もそのままに洗面台で歯を磨いていると、ひょこりと類が覗き込んできた。 「今日は授業終わりに撮影が入ってるんで、晩御飯が少し遅く――」 「いらん。それくらい自分でなんとかする。……仕事なんだろ、気を使うな」 「ダメですよ。先輩ほっといたら何にも食べないじゃないですか。俺が作ります」  図星を突かれて返す言葉がない。なんとかすると言ったはいいが、統威は料理をするつもりがまったくなかったのだ。そんなことをしている時間があるのなら、執筆や睡眠に当てたい。食事なんて二の次だった。 「……好きにしろ」 「はい、好きにします。あ、ちょっとこれ洗濯するんで、後ろ失礼しますね」  類が着ていたTシャツをいきなり脱ぎだし、何も身につけていない上半身が鏡に映る。彼の腹筋や胸筋は統威が想像していた以上に引き締まっていて、歯磨きを止め思わず見入ってしまった。  鍛えられた類の身体とは対照的な、痩せ型の自分の身体。それが今、鏡の前で並んでいる。別に男らしい身体に憧れを抱くわけでも、逆に劣等感を持つわけでもないが、どことなく居心地が悪い。統威は背後の類を鏡越しに睨んで口を開いた。 「せまい」 「あはは、すみません! 洗濯しかけて行きますね。たたむのは俺がやるんで気にしないでください」 「わかったから裸でうろうろしてないで、さっさと行け」  洗濯機のスイッチを押した類を洗面所から追い出して、呆れたようにため息をつく。『煩わしい』――きっと今までの自分だったらそう感じていただろう。  けれど今は違う。統威は胸の中に溢れた不可思議な感情を無理やり押さえ込んだ。瑣末なことを考えている暇はない。 「脚本……早く仕上げないとな」  自分に言い聞かせるように呟き部屋へと戻る。  そして作業に取り掛かろうと椅子に座った瞬間、ドアの向こうから、『行ってきまーす』という底抜けに明るい声が聞こえてきた。

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