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第5話
近所の公園のベンチに座り、ひとり項垂れる。
統威は感情的になってあの家を飛び出したことを後悔していた。
持ち物はスマートフォンだけで、これからどうするかまったく考えていなかったのだ。
結局こうするしかないのかと類の連絡先を表示させては思いとどまるという無意味な時間を過ごしている。
「……仕事中に連絡……それだけはしたくないな」
授業終わりに仕事が入っていると類は言っていた。今は十七時を回っている。きっと今頃はモデルの仕事の真っ只中だろう。
類が何事にも真っ直ぐに取り組む人間だということを統威は知っている。初めて類が舞台に立ったときもそうだった。演出である統威の意図を汲み取ろうと必死に食らいついてきて、どれだけ嫌味を言っても折れずに最後まで乗り越えた。
(顔がいいだけでいい気になっている、中身の無い奴だと思っていたんだが)
最初の印象がそれだったせいでかなりきつく当たった自覚があった。それでも類は逃げ出さず、与えられた役割を全うしようと全力をぶつけてきた。
類の嘘のない真剣さと素直さは、認めざるを得ない才能だと統威はそのとき強く感じた。
仕事への向き合い方だってきっとそうだ。そんな類の邪魔だけはしたくなかった。この状況に陥っている原因が類の母親にあったとしても、だ。
統威は頭を抱えた。こんなに心が乱されているのは何故か。自問しても答えは出なかった。未知の感情に息が苦しくなる。
冷静さを取り戻そうとして空を見上げると、今にも雨が降り出しそうな灰色の雲が視界に入った。
「運が悪いにも程があるぞ……」
住処を追い出された上に雨まで降ってきたら、本当に救いようがない。雨が降る前に大学に向かい、部室へと逃げ込むか――そう決めて立ち上がった時、手に持っていたスマートフォンが震え始めた。着信は、類からだった。
『先輩、今どこですか!』
「……お前、仕事は」
焦りを隠さない類の声に、統威は冷静を装って返す。理由は単純だ。本心を気取られたくなかった。こうして類から連絡があって、安堵している自分がいることを知られたくなかった。
『俺のことより、先輩っ……!』
「仕事はどうしたんだと聞いている」
『雨が降り出しそうなんで、撮影は早めに終わりました……でも、そうしたら……』
「母親から連絡があって不審者を家から追い出したことを聞いたのか」
『……』
沈黙が統威の言葉を肯定していた。電話口の向こうで類がどんな顔をしているのか容易に想像できる。こんな事態になって類も混乱しているのだろう。だからこそ、なにも言うことはなかった。
『……すみません』
「情けない声を出すな」
『先輩……どこにいるんですか? 俺、すぐそっちに行きます』
「来てどうするつもりだ? 言っておくが俺はもう――」
お前の家に戻る気はない。そう言葉を続けようとしたとき、力強い言葉がそれを遮った。
『大切な話を、するつもりです』
統威は類の言葉を拒むことができなかった。真っ直ぐな言葉に射抜かれたようになにも言えず、もう一度ベンチに腰をおろす。
類の言う大切な話とはなんなのか。
その意味を考え、先刻までと同じように俯き、口を開いた。
「……前に連れて行った喫茶店を覚えているか? 駅の裏手にある店だ」
『フクロウの看板のお店、ですか? 覚えてます』
「この雲行きだ、話すなら屋内がいいだろう。今から向かうからお前はとりあえずデスクの上の俺の財布を持って来い。以上だ」
類の返事を待たず、統威は一方的に通話を切った。
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