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第5話 回想/紫の石

 孤児院でサギトはたいてい、本を読んでいた。  他の孤児達には馴染めなかったし、本が好きだったので。  読む場所はいつも決まっていた。田舎の孤児院で周囲は草原、草原の向こうには森があったが、その森の奥。見つけた小さな草地で、サギトは隠れるように時間を過ごした。  鬱蒼とした木立の中、そこだけ丸く開けていて、柔らかい草がふんわりと茂っていた。木漏れ日が草地を照らして綾を成す。居心地の良い場所だった。  サギトだけの秘密の場所、だったのだが。 「サギトまたここで読書か!一緒に戦争ごっこしないか?聖教王国陣営と邪教帝国陣営に分かれて棒持って叩き合うんだ。あれ楽しいぞみんなやってるぞ」  木陰に座り本を開くサギトを、中腰になって上からのぞきこみ、グレアムが言った。  どうやってここがバレたのか、時たまグレアムがやってきた。  サギトはグレアムの誘いを断る。いつもどおり。 「疲れるから嫌だ。俺は体力がないんだ」  サギトは運動神経は悪くもないが、筋力と持久力がまるでなかった。 「だから鍛えるんだ。俺が訓練してやるから」 「遠慮する」 「つまらん奴だなあ」 「じゃあ向こうに行け。グレアムがいないと皆さびしがるだろ、お前は人気者なんだから」 「冗談だからな?サギトはつまらなくないぞ!」 「別に気にしてない」 「なんだよ気にしろよ、つまらん奴だ」 「……やっぱりつまらないのか」  サギトが思わず口をとがらせると、グレアムは声をたてて笑った。グレアムはいつも、ここにいる時、妙に楽しそうだった。  グレアムは隣に腰掛けると、ポケットから鎖のようなものを取り出し掲げた。 「そうだこれ、拾ったんだ。綺麗だろ?慰問に来たどこかのマダムの落し物だな」  それは、雫型の紫色の宝石をぶらさげたペンダントだった。アメジストだろう。 「拾ったって、じゃあ先生に届けろ」 「先生には『持ち主が探しに来たら返すからそれまで俺が預かってていいですか』って言って許可をもらった。そんな高価な宝石じゃないからいいって言われた。こういうの、取りに来ない人がほとんどで処理に困るらしい」  随分甘いような気がしたが、グレアムは先生達のお気に入りだから許されてしまったのかもしれない。リーダーだから他の子供達からずるいとも言われないんだろう。  しかし。 「お前は男のくせに宝石が欲しいのか?」  サギトは呆れを口にする。  グレアムはその石を憧憬するように見つめた。 「だって見ろよ、お前の瞳の色と同じだ。すごく綺麗じゃないか」  サギトは口をつぐむ。どういう意味だろうと思う。  サギトの不気味な目を綺麗と言ってるのか?いや、そんな、まさか。  グレアムは時たま、こういうことを突然ぽんと言ってサギトを戸惑わせた。  グレアムはペンダントを首にかけると、いつものように、サギトのひざの上に頭を乗せて寝そべった。つまりサギトは強引に膝枕をさせられる。 「おい、重い。本が読みにくい」 「サギトは最高の枕だ」  まったく、とサギトはため息をつき、膝をあけわたす。グレアムはいつもこうやって昼寝をした。  サギトは最初は気恥ずかしく居心地が悪かったが、そのうち枕になることに慣れてしまった。  グレアムが来るのは時たまだったし。一週間に一回とか三日に一回とか、気まぐれにふらりとやって来る。  グレアムは一人ぼっちのサギトに気を使っていたのかもしれない。  サギトが馴染めない孤児院の中で孤独感に滅入ってしまわない程度に、たまに来ては、グレアムという友達がいることを思い出させてくれたのかもしれない。  紫のペンダントの落とし主は、結局現れなかった。  グレアムはずっとそれを首にぶら下げ続けた。  やがてそれは彼のトレードマークのように彼自身と溶け込んで、誰も話題にすら出さなくなった。  彼がつけていて当たり前のものとなった。 ◇ ◇ ◇

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