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第13話 グレアム護国騎士団
グレアム護国騎士団が、歩兵の横隊を組んで、前方百メートル程の位置にある岩山を注視していた。
岩山は揺れていた。耳をつんざくような轟音と共に。
向こうで何かが、岩山を穿とうとしているのだ。
ここはランバルト王国の南の山岳地帯。岩山を隔てて向こう側がムジャヒール帝国領だ。かつては盟邦ユゴール公国の領地だった場所。
岩山を穿つような轟音がする、との報告を受けて、別の陣営に駐屯していたグレアム護国騎士団が急遽、馳せ参じたのだ。
彼らが参じた理由は、ムジャヒールの妖獣がおそらく出てくると予想されたからだ。
岩山を揺るがす化け物なんて、妖獣しかない。そして妖獣とまともにやりあえる部隊は、グレアム護国騎士団しかない。
「しかし岩山にトンネル掘ってまで侵略します、普通?」
横隊の中央、緩い癖のある金髪を長く背中まで伸ばした騎士が、隣の騎士に話しかけた。
純白の肌に緑の瞳、女と見紛う美貌の騎士だが、これでグレアム護国騎士団の副長という立場である。
名はノエラディーノ、愛称はノエル。
そしてノエルに話しかけられた、精悍な顔つきの騎士団長こそ、救国の英雄グレアムその人であった。
「そりゃするだろう、連中は侵略が趣味みたいなもんだからな。全人類をジャヒン教に改宗させて世界統一政府を樹立するっていう壮大な夢のためならなんでもするさ」
「困ったお隣さんですねえ」
その時、ついに目前の岩壁に亀裂が入った。バラバラとその壁が崩れ、石片や砂が滝のように落ちる。
グレアムは口角を上げる。
「やっとお出ましか」
「嬉しそうに言わないでください」
次の瞬間、爆音とともに岩壁に穴が穿たれた。
そして崩れ去る瓦礫の中から、象よりも大きな妖獣が出てくる。額に二本の巨大なツノ、鼻の上にも立派なツノ、三本のツノを持つ巨体。
四つん這いの体を起こし、二本足でのそりと立った。豚に似た醜悪な顔で、緑に光る目は三角に尖っている。毛が薄くその異様に発達した筋肉がよく見えた。まるで鎧のような筋肉。
妖獣の後方に、ムジャヒール兵三百名ほどの姿が見えた。
貫通に喜んだムジャヒール兵たちは、しかし、グレアム達の姿を認めると明らかに狼狽の様子を見せた。
まさかグレアムの隊が待ち構えていたとは、という顔つきである。
グレアムが鋭い睨みを効かせた。
グレアムの目は敵兵三百名の中に紛れている厄介な存在、つまり妖術使いを瞬時に見分け、数える。三名。服装こそ他の兵と同じであったが、その三名とも実は妖術使いだった。
グレアムが念をこめると、散乱する瓦礫の中から、岩が三つ飛翔した。三つの岩は、それぞれ三名のムジャヒール兵の頭部を直撃した。飛び散る赤黒い血飛沫。妖術使い三名が一瞬で、頭を潰され息絶えた。
グレアムはよしとつぶやく。この世で最も厄介な敵、ムジャヒールの妖術使い。卑怯な手を使おうと、先手必勝で叩き潰さねばこちらが危ない、そういう相手だ。
ムジャヒール兵たちは焦った。苛立った様子で、妖獣にムジャヒール語で何かを言った。
妖獣が咆哮した。隊列に向かって巨体が突進してくる。
グレアムは両腕を高く掲げながら号令をかけた。
「残りは妖獣と雑兵のみ!俺と副長以外は全員待機!副長は敵兵に魔術攻撃、俺は妖獣を引き受ける!」
「了解」
美人副長が慣れた様子で返事する。
グレアムの掲げた両手の上、黒い巨大な球体が出現した。グレアムはその球体を妖獣に向かって放り投げた。
突進中の妖獣は怯んで足を止めたが、球体を片手で難なく受け止めた。妖獣の大きな口がニヤリと笑う。
が、次の瞬間、苦痛に歪んだ。球体をつかんだ腕が、ドロドロに腐り落ちたのである。
眺めて副長のノエルは肩をすくめた。
「相変わらずえぐい魔術ですねえ……」
つぶやきながら、両手を前方に差し出し術名を唱える。
「全体爆破 」
ムジャヒール兵たちの中心に爆発が起き、大勢の体が吹っ飛んだ。
妖術使いを失い、防護術を施せないムジャヒール兵達がなすすべもなく翻弄される。
グレアムは剣を振り抜き、妖獣に向かって躊躇なく走り出した。
そして跳躍した。風魔術を利用した大跳躍。
妖獣が腐り落ちてない方の腕を振り上げて、空中のグレアムを叩こうとする。グレアムは空中で舞うように回転しながら、その腕を切り落とした。妖獣の苦悶の唸りが地を揺るがす。
一旦、地面に着地したグレアムは、再度飛び跳ねた。そして妖獣の顔面の間合いに入る。
一切反撃の隙を与えず、その目に剣を突き刺した。吹き出す紫色の血液。
既に両腕を失っている妖獣は、さらに目を潰され、恐ろしい吠え声を響き渡らせた。
グレアムは剣を深々と沈めた。小声で囁く。
「呪力注入。さん、にい、いち」
そして剣を引き抜き、後方に大きく飛び退って着地。
妖獣の全身の血管が膨張し、ミミズ腫れのように皮膚全体にのたうちどくどくと脈打った。
「グガ、グガ、ウガガガアアアアアア」
苦悶のうめきを発しながら、その巨体が震えだす。体が風船のように膨らみ、膨らみ、膨らみ。
弾け飛んだ。
まるで巨大な花火のように、一帯に大量の肉片と紫色の液体がぶちまけられた。
全身を妖獣の返り血に染めたグレアムが叫ぶ。
「妖獣消滅!総員抜剣、突撃!敵兵残らず殲滅せよ!」
騎士たちが鬨の声をあげながら、怒涛の勢いで駆け出す。
駆け抜けていく兵達を眺めながら、グレアムは顔にべったりついた紫色の液体をぬぐう。
「お疲れ様でした、団長」
すでに戦が終了したかのごとくノエルに労われ、グレアムはふうと息をついた。
「ここ片付けたら、一旦王都に戻っていいって話だよな?妖獣は仕方ないにしても、いい加減、こき使われすぎだろ俺たち。正規騎士団もちょっとは仕事しろってんだ」
「選抜騎士の悲しいさがですねぇ」
「この国の身分差別は碌でもないな。国を守る気が無くなりそうだ」
「英雄がそんなこと言わないでくださいよ」
「国にいいように使われてるだけだ。王も大臣も俺の意見に耳を貸しもしない。本当はあいつら俺のこと英雄だなんて思っていないんだろうな」
「変りましたねえ、あなたも。私が出会った頃はもっと素直で正義感にあふれる好青年だったのに」
副長の言葉に、騎士団長は自嘲気味に鼻で笑う。
「人間、年を食えば変わりもする。さあ、さっさと全員ぶっ殺して終わらせるぞ、久々の休暇だ!」
グレアムは騎士たちの殲滅戦に参戦すべく駆け出した。
「はいはい」
ノエルも剣を抜き、走り出す。
長らく国境付近に駐留させられ、戦に明け暮れていたグレアムは、このあと久々に、王都に戻ることになる。
およそ二年ぶりの帰還だった。
◇ ◇ ◇
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