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第24話 罪と罰

 八年の歳月を埋めるように、グレアムはサギトを何度も求めた。サギトは溶かされ焦がされ、乱れた。自分自身を解き放つように。  ようやく精が尽きて二人は眠った。根のように強く互いの体を絡ませ合って。  どれだけの時間が経過しただろう。サギトのほうが先に目覚めた。体を持ち上げる。  サギトに巻きついていたグレアムの腕がだらりと落ちた。サギトは微笑し、その髪を撫でた。  安らかな寝顔を見つめ、愛しさと痛みが胸を刺した。  もう、一緒にはいられない。サギトはお尋ね者の暗殺者だ。  これからどうするか。  監獄に戻って処刑されても良いのだが、それではきっとグレアムが悲しむだろう。だから、ただいなくなろうと思った。  どこか遠い国に行き、ひっそりと自害しよう。  重ねた罪をつぐなうために。  野営地の道具箱の中をあさった。適当な服を見つけ、身につける。フード付きの灰色のマントもあったので身を包んだ。  さあ、行こう。  洞窟の出口へと歩もうとした時。 「どこへ行く?」  背後からグレアムの声。サギトは参ったな、と苦笑する。起きてしまったか。  グレアムがサギトの腕をとって振り向かせた。 「まさか、いなくなろうとしてるんじゃないよな?」 「脱獄させてくれてありがとう、助かったよ。俺は外国に逃亡させてもらう。お前は早く城に戻れ。国を守るという大事な役目があるだろう?国の英雄のお前なら、脱獄幇助罪も罰金刑くらいで済むんじゃないか?」 「嫌だ、俺たちはこれからずっとそばにいるんだ」  サギトはため息をついて笑いかけた。 「そんなわけには、いかないじゃないか」 「俺も一緒に逃げる」 「は?」 「俺もサギトと高飛びする」 「な、何を言ってるんだ!」 「駄目と言ってもついていくからな」 「お前は護国騎士団長なんだろ!」 「もう騎士はやめる」 「何を無責任なことを!」  そこに、別の誰かの声が降ってきた。 「サギトさんのおっしゃるとおりですよ」  穏やかで上品な男の声。かつかつという足音と共に。  二人ははっと振り向いた。 「ノエル……」  グレアムがつぶやく。それは護国騎士団の副長と名乗った、あの長い金髪の男だった。  ノエルは声を張った。洞窟にその声音が響く。 「脱獄囚『影の目』と、幇助の騎士団長グレアム=クランクを発見した!集合せよ!」  大勢の足音が洞窟内を揺るがした。やがて百名は下らないだろう、騎士服を着た男達がわらわらと集って来る。  ノエルはグレアムを見据えて言う。 「お迎えにあがりました、団長。王都にお戻り下さい」 「断る。俺はもう騎士をやめる」  ノエルの緑色の瞳が鋭利に光る。 「ランバルト王国を、いえ聖教圏全てを見捨てるのですか」  グレアムは肩をすくめた。 「俺がいなくても、なんとかなるだろー」 「なりません。貴方が一番よくご存知でしょう?五年前、帝国は妖獣という凶悪な生体兵器を戦に投入するようになった。この五年で妖獣の脅威の前に帝国周辺国の多くが敗北し地図から消えていった。この国には貴方がいるから、かろうじて踏みとどまれている。貴方を失ったらムジャヒールに落ちる」  そこでグレアムの口元が皮肉めいて歪んだ。 「ムジャヒールの統治も悪くないかもしれないぞ。ムジャヒールは頭のおかしい変態侵略国家だが、一つだけいいところがある。聖教圏のように人種で差別しない。有能な人材を恵まれない境遇に追いやって、犯罪へと駆り立てたりしない」 「何が言いたいんです?」 「うちも一回征服されて、文明化してもらったらいいんじゃねえ?」  ノエルは頬をぴくぴくとひきつらせた。 「舐めたことを仰いますねえ。本気で仰ってるなら、今かなり、ムカつきましたよ?帝国に征服されたユゴール公国では、ジャヒン教への改宗を拒んだ数十万の良民が皆殺しにされました。ジャヒン教に帰依したところで、聖なる儀式の為と言われ、幼子は妖獣の餌にされ、生娘は妖獣を産むため犯される。しかもいかがわしい薬草で洗脳されたジャヒン教徒たちは、嬉々としてわが子を差し出すんです。生き地獄に住みながら、彼らは自分たちは幸せだと思い込まされている。あのおぞましい邪教帝国が、文明であるわけがない!」  珍しく声を荒げ、ムジャヒールへの怒りあらわに語るノエル。その恐ろしい内容に、そうだったのか、とサギトは思う。街の表面を見学しただけでは分からない、そんな闇を抱えていたか。ユートピアなど存在しなかったわけか。  グレアムは皮肉めいた物言いを続ける。 「それを言ったらランバルトだって忌人にとっちゃ生き地獄だぞ?こんな碌でもない国が文明であるわけもない」 「それ以上、祖国を侮辱するのはたとえ団長であっても許せません!」  苛立ちをぶつけるノエルに、グレアムはにっと笑った。 「お前のその意外に熱血で愛国野郎なとこ好きだぜ。さすが貴族なのにわざわざ士官学校に入って選抜騎士になるだけのことはあるな。お前の方が向いてるって騎士団長」  ノエルは呆れ切ったという顔で首を振った。 「私に貴方のようなバケモノの代わりが務まるわけないでしょう!」 「バケモノ言うな。ていうか、なんでお前たち護国騎士団が捜索してんだ?脱獄囚の捜索なんて警察の仕事だろ」 「警察の皆さんの手に負えますか、貴方が。でも貴方はお優しいから、自ら鍛えた我々には手加減して下さるかと」  グレアムはふっと鼻で笑う。 「ずるいな」  ノエルはため息をついた。 「誤解なきよう。我々は戦いに来たわけではありません。説得しに来ました。王から、あなたが要求するどんな条件でも飲めと言われております」  グレアムは眉をあげた。腕を組み、副長をまじまじと見る。 「……マジで?」 「マジです」 「ほほう。王が。どんな条件でも、と。ほほー」 「やめてくださいその悪人ヅラ」  よし、とグレアムは手のひらに拳を打ち付けた。 「じゃあサギトを無罪放免にしろ。そしてサギトを宮廷魔道士にしろ。あと忌人差別禁止法を制定して、忌人への職業差別その他行ったら罰せられるようにしろ。それから正規騎士団はもっと仕事しろ前線に来い」  つらつらと述べられて、焦ったのはサギトである。 「ま、待て、何勝手なことを言ってるんだ!俺は宮廷魔道士になんて……」  ノエルが首を傾げる。 「おや、団長はサギトさんを護国騎士団にいれたいのではなかったのですか?」  グレアムはばつが悪そうに視線をそらす。 「ほ、ほんとはそうしたいけど、サギトは俺の部下になるのなんて嫌なんだ。だから」 「嫌じゃない!」  サギトは思わず大きな声をあげてしまった。 「え?」 「嫌じゃ……ない」  グレアムがサギトの両肩をぐっとつかんだ。 「は、入ってくれるのか、護国騎士団に!」 「えっと、その……。嫌じゃないが、でも」  なんなんだこの急展開は。サギトはどこか遠い国で自害しようと思っているのに。 「どっちでもいいぞ俺は。お前と一緒に逃げてもいいし、お前が護国騎士団に入ってくれるなら騎士を続ける」  騎士たちがざわついた。それはそうだろう。 「だ、団長!なんてことをおっしゃるんですか!」 「我々をそんな簡単に見捨てないで下さい!」  ノエルが額を押さえる。 「そういうことなら、私からも頼みますサギトさん。ご入団いただけないでしょうか」  サギトは視線を彷徨わせた。 「でも俺は、罪をつぐなわないといけない。たくさん人を殺したから……」  グレアムは怪訝そうな顔をした。 「逃亡は……つぐないにならないぞ?」  もっともなことを言われ、サギトは返答に困ってしまう。黙ったサギトにグレアムは表情を曇らせる。 「もしかしてお前、逃げると言って自殺でもする気なんじゃないのか」 「……まさか、そんなことは考えてない。とにかく俺は行くから。お前はこれからも国を守れよ騎士団長」  サギトはうつむきながらそう言った。グレアムは表情を硬くした。 「それはサギトの罪じゃない、俺の罪だ。つぐないたいなら俺が死ぬ」 「だから、そういうのはやめてくれ。そんなこと言われると俺が困る、本当に」  グレアムは地を這うような低い声を出す。 「じゃあ今から俺の命はお前を生かすことだけに使う。絶対に自殺なんてさせない。地の果てまでもお前について行って阻止してやる!」  ノエルが叫んだ。 「いい加減にして下さい、団長!自分の立場を思い出して下さい!聖教圏がムジャヒールに陥落したら史上最悪の大殺戮が起きるんですよ!聖教徒は敬虔な信徒が多いから、多くの民が改宗を拒むでしょうしムジャヒールはそれを許さない。数百万の命が散る!あなたが守ってきた数多の命を見捨てるんですか!」  サギトはグレアムが守るものがなんたるかを、改めて思い知らされた。この男はなんと大きな重荷を背負っていることだろう。浅はかに嫉妬していた己を恥じた。民に敬愛されて当然の存在だ。 「この国を守り、人々を救ってきたのは俺じゃない、サギトの力だ。なのに何故この国はサギトを暗殺者なんて立場に追い詰めて、今、自殺させようとしてるんだ!」  サギトは、はっと顔を上げる。 (俺の力が人を救ってきた?)  その言葉が何故か、サギトの胸に深々と突き刺さった。  グレアムは言葉を続ける。 「俺は八年前、この国を守りたくて士官学校に入り騎士になった。そしてサギトを八年、地獄に放置した。国を守るのに忙しかった、なんて言い訳だ。俺は八年、サギトを見捨てたんだ。二度と同じ轍は踏まない」  ノエルが唇を振るわせる。 「つまり、民を見殺しにすると」  グレアムは冷徹な目でノエルを見返す。 「忌人を蔑む者に、忌人の力に守られる権利があるのか?」 「あなたはいつだって忌人、忌人と!命と天秤に掛けるような話ではないでしょう!」 「俺はサギトを幸せにできないような国を守る気はない!ましてサギトの力で!」 「ま、待てグレアム!」  サギトは思わず、睨みあう二人の間に割って入っていた。 「サギト……?」 「あまり見くびるな、俺はお前に見捨てられたなんて思ってない。俺はお前に騎士を続けて欲しい。これからも、俺の力で人々を守って欲しい。救って欲しい……」  サギトは心からそう思っていた。『俺を蔑む連中の為に命なんて張れるか』、頭に血が上って確かにそう言ってしまったが、今はそういう悪感情は不思議と消えていた。  そして気恥ずかしさを感じながらも、真心から言葉を繋げる。 「グレアムに魔力を与えてよかった。お前は俺の魔力を正しいことに使ってくれたな。これからもそうしてくれ」 「で、でも、お前は」 「罪は罪だ。俺は俺の罪を誰かのせいにしようとは思わない、ちゃんとつぐないたい。これは俺自身のけじめの問題だ」  サギトはグレアムの目を真っ直ぐ見てきっぱりと言った。もうこの決意が変わらぬことを示すために。  グレアムは眉間にしわを寄せて口をへの字にした。 「い・や・だ!」 「こっ、子供かお前は!」  ノエルがサギトをじっと見つめる。 「サギトさん、罪をつぐないたいのならば、騎士団に入って民を守り、殺した以上の命を救ってつぐなうという方法もあるんじゃないでしょうか?団長と貴方にしか救えない、何百万という命が、ここにあります」 「えっ……」  サギトは意表をつかれ困惑し、グレアムは目を輝かせる。 「それだ!さすがだぞ副長!いいことを言った!」 「ず、ずるいぞそういうのは」  ノエルがずい、とサギトに顔を近づけた。 「何がずるいのか分かりません。今、あなたの決断に数百万の命が掛かってるの、お分かりになるでしょう?団長は数多(あまた)の民とサギトさんを天秤にかけたらサギトさんを選ぶような、騎士失格の偽英雄なんです。団長より大分まともそうなあなたが、人々を救って下さい」 「うっ……」  ノエルの言葉に誇張はないのはサギトにも分かった。  今、グレアムを騎士という仕事に留めることが出来るのは、サギトだけだ。  先ほども本気で自刎しようとしていた。グレアムはサギトの為ならきっと全てを捨ててしまう。 (俺が人々を救う?忌むべき魔人の俺が?)  サギトは狼狽しながら二人を見比べる。  グレアムは期待に満ちた瞳でサギトを見つめ、ノエルの方はほとんど殺気同様の迫力でサギトの答えを待っている。刺し違えてでもサギトに否は言わせまいという圧が(ほとばし)る。  サギトはおずおずとうなずいた。 「わかっ……た。護国騎士団に入る……。罪をつぐなうために、俺は民を守る……」 「サギト!」  グレアムがぎゅっとサギトを抱きしめた。グレアムの頬ずりでサギトの髪がぐちゃぐちゃに乱れる。 「サギトありがとう、俺むちゃくちゃうれしい!」 「や、やめろ恥ずかしいっ」  ノエルは大きなため息を深々とついた。いつの間に大量に吹き出していた額の汗をぬぐい、口角を上げる。 「では、サギト氏を無罪放免にし、護国騎士団に迎え入れるということで。あと忌人差別禁止法の制定と、騎士団の負担バランスの改善ですね。団長さえ戻ってくるなら、王はそれくらいお安い御用でしょう。これにてこの逃避行、終わりにしていただきますからね」  騎士たちから拍手が沸き起こり、場に安堵の空気が流れた。  だが、その時。  サギトは強烈な魔力の気配を感じた。  グレアムとノエルも緊迫の表情に変わる。  騎士たちの後ろに、緑色の煙のようなものが立ち込めた。  グレアムが叫んだ。 「妖術だ!全員散れっ!」  緑色の煙の中から、木彫りの人形が現れた。身の丈二メートルはあるだろう。  四角い帽子に赤い外套、まん丸の目に口ひげを生やしたふざけた顔。手に大鉈を持っている。  人形は騎士たちの真ん中に、大鉈を振り下ろした。洞窟内に土ぼこりがもうもうと舞う。グレアムの声掛けが一歩遅ければ、大きな犠牲が出ていただろう。  ノエルが剣を降りぬき、飛び掛る。一太刀でその人形を両断した。分断されてもかたかたと動く人形に、グレアムが炎弾を浴びせ焼失させる。  どこからともなく、しわがれた老人の声が洞窟内に反響した。 「なりませぬなあ、サギト様。裏切りはなりませぬ」  それはサギトにグレアムの殺しを依頼した、ムジャヒールの妖術使いの声だった。 「魔王の末裔たるお方がランバルトごとき小国の手駒になると?笑止千万でございます。サギト様は我が皇帝陛下の右腕となるべきお方。この老体に鞭打ってでも、帝国に連れ帰らせていただきます」  そして洞窟のあちこちから、緑色の煙が立ち上った。煙の中から、先ほどとそっくりの、でもちょっとづつ顔つきの違う大人形が続々と出現した。それぞれが、斧や剣や棍棒などを手にしている。  人形たちはサギトめがけて一斉に飛び掛ってきた。サギトは咄嗟に自分の周囲に防護球を展開した。防護球が振り下ろされた武器をはじきかえした。  サギトは周囲に闇を呼び出す。闇は輪となってサギトを取り巻いた。闇の中から、黒い蝶が無数に出現した。  蝶たちが鱗粉をばらまく。鱗粉に触れた人形たちが、一瞬で腐って崩れ落ちた。  騎士たちが息を呑んだ。 「な、なんて魔術だ……」  だが騎士たちの背後から、また緑色の煙がたなびいた。ぞくぞくと人形が召還され、騎士たちにも襲いかかる。  グレアムがにやりと笑ってどやしつける。 「ほら新入りに感心してる場合か!?働けお前ら、まだいるぞ!」  騎士たちは、はっとしたように、大人形たちに向かっていった。怯むことなく。さすが歴戦のグレアム護国騎士団といったところか。  グレアムとノエルの手から、炎弾が乱れ打たれ、あちこちで人形が燃え上がった。  サギトにもまだまだ人形が襲い掛かってきた。サギトは防御球と使い魔の「腐死蝶」でやり過ごしながら、考える。  妖術使いはどこにいるのか。先程の妖術使いの声質は本体のものではなかった。本体はおそらくムジャヒール帝国にいる。  生霊だ、と思った。どこかに妖術使いの生霊がいる。そいつが人形を操作しているのだ。 「ぐあああっ」  騎士の一人が肩から鮮血を流して倒れた。 「くそっ、何体出てくるんだこいつらは!」  既に十体以上の人形を火炎魔術で消し炭にしているグレアムが苛立ちの色を見せた。  グレアムは術者が術力切れするまで全部の人形を倒すつもりなのだろうか。  いつもそうやって力押しでやってきたのか?  こいつにはそれが可能なのだろうが、随分と効率の悪い戦い方だ、とサギトは思った。  サギトは左手の人差し指に力をいれた。かぎ爪が伸びてくる。かぎ爪で右の手のひらに傷をつけた。血が滲み出す。サギトは血に呪をこめて、ふうと息をはく。  サギトの手のひらから、赤いしゃぼん玉が大量に、洞窟の中に放出された。 「な、なんだ!?」  騎士たちが突然現れた謎のしゃぼん玉に狼狽している。 「サギト、これは……!」 「隠されたものをあぶり出す術だ」  しゃぼんが当たってはじけたところ、赤い線が出現した。人形達から伸びる糸。見えない糸が、赤く色づく。  全ての人形たちの糸が、洞窟の高い天井に向かって伸びていた。  そこにいるコウモリに。  サギトは天井のコウモリを指差した。 「あいつだ」  グレアムはおお、と感心したように目を見開くと、サギトにウィンクする。 「ありがとな、さすがだぜお前!」  言ってグレアムは手の中に黒い球体を作った。コウモリに向かって放り投げる。コウモリがバタバタと飛翔して球体をかわした。 「気づかれましたかぁ」  羽を広げこちらに晒されたコウモリの顔は、人面だった。長いあごひげを生やした、例の妖術使い。  「どうかお考え直し下さいサギト様。ランバルトのごとき野蛮国ではなく、ムジャヒール帝国こそがサギト様の……」  その顔面に今度こそ、グレアムの黒い球体は直撃した。  人面コウモリは影となって霧散する。  人形達が一斉に停止した。そしてその全てが、緑の煙と共に消え去った。  敵のいきなりの全消失に、騎士たちは虚をつかれたような顔をしていた。  だが、一瞬後。  うおおおおお、とどよめく歓声が洞窟内に響き渡った。  グレアムが自慢げに言う。 「お前らサギトに感謝しろ、サギトが術者を見つけてくれた!」  騎士たちが沸き立った。 「すごすぎるぞこの魔道は!」 「さすが団長が探し続けていた男だ!」 「我らはとてつもない味方を得たぞ!」  えっ、とサギトは困惑する。まさかそんな反応が来るとは思わなかった。  グレアムがサギトの肩に腕を回した。 「だろう、すごいだろ、こいつ!こいつがいれば妖術使いも怖くない!」  ノエルがふっと微笑みながら言った。 「触れただけで腐らせるえぐい蝶々もなかなかでしたよ」  グレアムが悪党のような笑みを浮かべてサギトに耳打ちする。 「言っておくが俺たちは、ムジャヒール軍すら泣いて逃げ出す、世界一の殺戮集団を自負してんだ。暗殺稼業なんて目じゃないくらいの血まみれの日々が待ってるから、覚悟しておけよ」  サギトは苦笑する。その日々は一体、罪をつぐなうことになるのだろうか。まあいい、深くは考えるまい。 「上等だ。きっちり仕事させてもらおう」 「じゃあ、王都に帰還だ。王に要求を全部飲ませてやる!俺たちに守られたいなら、守るに値する国になれと言ってやる!」  グレアムの大層な物言いに、騎士たちは陶酔するような歓声を上げた。  皆の中心にいる英雄としてのグレアムを、サギトは何故か、誇らしく思った。  サギトはこれからの日々に思いを巡らし、胸に手を当てた。 (俺が人々を救う、か)  なぜか目頭が熱くなり、自分で自分に驚いた。もしかして自分はずっと、誰かを救うような仕事がしたかったのか。  サギトはなぜ、薬屋のふりをしてるのか。  思えば最初は「ふり」ではなく、隠れ蓑でもなく、ただ本当に、薬屋になりたかった。  魔人の力で、誰かを救いたいから。  すっかり忘れていたそんな青い感情が、サギトの胸を熱くさせた。  サギトの心の底で、熾火のようにくすぶっていた、小さな願い。  それはサギト自身すら知らない場所で、消えることなく確かにずっと、存在し続けた願いだったようだ。 ◇ ◇ ◇

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