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最終話 新たな日々
グレアムは王都に帰り、王に要求を突きつけた。王は見事に全ての要求を呑んだ。それくらいグレアムの存在は大きく重要なのだろう。
サギトを無罪放免にするという話は、特にスムーズに進んだ。というのもサギトが供述した「暗殺依頼者リスト」の衝撃があまりにも大きかったらしい。サギトは正直に全て話しただけなのだが、まあ普通に各国の貴族やら聖職者やらの名前も含まれていた。
リストに載っていた人々(たとえばルーランド子爵サーネス・ドルトリー)は、ランバルト警察から問いただされ、全員がサギトの虚言だと主張した。
「そんなよくわからん紫眼の薬屋が、あの影の目のわけがないじゃないか。注目を浴びたくてほらを吹いてるに決まってる!」
と。
サギトの自供は一切が虚言とみなされ、暗殺依頼者リストは燃やされ、多くの者達が胸をなでおろすという顛末 になった。
また、グレアムは国王や大臣たちに、サギトが一部の魔道書で魔人と呼ばれ危険視されている存在であることをはっきりと伝えた。伝えた上で、ムジャヒール帝国と対抗するための強力な力となる、と力説した。
既にグレアムは、自分の力が魔人から受け継いだものであることを、国の上層部と騎士団内に伝えており、サギトの存在は驚かれなかった。「君が例の友人か」という反応だった。
そして国王たちはこの説得にもあっさりとうなずいた。
サギトをグレアムと同じ騎士団長階級にするとまで言われた。もちろん断ったが、大臣級の破格の給金を約束されてしまった。
国は、ムジャヒール帝国がサギトを引き入れようとしていた事実に震え上がっていた。
そして魔人を帝国に奪われたらおしまいだ、是が非でも自国の武器にせねば、と鼻息を荒くしていた。
この時サギトは理解した。グレアムのあの男への暴露は、単なる迂闊ではなく、見通しがあっての暴露だったのだと。
魔人の力を必ず国は欲する、とグレアムは分かっていた。
あの赤毛の男は、たまたまクズだっただけだ。
国をも動かす魔人の「値打ち」を、サギト自身が一番分かっていなかったのかもしれない。ただ隠さねばならぬ忌まわしきものとばかり思っていた。自分の価値も可能性も否定して、最初から全てを諦めてしまっていた。
今までサギトは自分自身を、随分と低く見積もって来たものだ。
堂々と己を売り込めばよかったのか。「俺は使える、高く買え、買わぬなら敵国のものになるぞ」とでも言って。
まあ邪教帝国の皇帝の右腕というのも、面白かったかもしれない。とサギトは冗談めかして考えてみる。
あえて覇道を選ぶのなら、「眷属」を増やして自身が王になり国を興すことだってできるか。魔王の復活と魔人王国の再興だ。
このもてあます力を、どう使うも自分次第だった。サギトはきっと、なんにだってなれるのに。
魔人である以前に、ただどうにも不器用で、自分に自信を持てない一人の男。
これだけの力に恵まれながら、なぜか薬屋になりたくて仕方なかった男。
今頃気がついた等身大の自分の姿に、おかしさがこみ上げた。
(それが、俺か)
(まあ、魔王になんてなれる性格じゃないな)
そんなことをとりとめもなく考える。
サギトはようやく、自分とはなんであるかを知る。
人を救いたい、などという青臭い望みをずっと隠し持っていた自分。
ただ、それだけの男であった自分。
だからこそ、重ねた罪を思い出せば、身を裂くような自己嫌悪が怒涛のように沸き上がる。
いまだ生かされていることのありがたさを思った。
一生かけて、つぐなわなければ。
見知らぬ誰かを守るために、己の全てを捧げること。それだけが、自分がおめおめと生きながらえている意味だと思った。
グレアムは、まだあの暴露を後悔している。サギトが辟易する勢いで毎日謝ってくるので「それ以上謝ったら騎士団を辞める」と言ってようやく黙らせた。黙らせたが言外に悔やみ続けているのは伝わってくる。
(全部、俺の咎 でしかないのに)
正しく生きなければ、と強く思う。後悔し続けるグレアムのためにも。
◇ ◇ ◇
心地よいまどろみから目を覚ますと、グレアムの腕の中だった。
サギトはどきっとしながら、ここが護国騎士団の兵舎施設の敷地内にある、護国騎士団長の居住邸であることを思い出す。「邸」と言っても貴族の屋敷ほど大きいものではないのだが、家具も調度品も高級なものばかりで、中身は十分にお屋敷然としている。今寝ているベッドもふかふかでやたら大きい。
ここに住むようになって二週間。まだ前線には行っていないので、血まみれの日々はお預けである。護国騎士団の休暇が思いの外長い理由は、騎士団の負担バランスの改善によるものらしい。今まで選抜騎士団に仕事を押し付けていた正規騎士団がやっと働くようになったようだ。
サギトは朝が来るたびに、この状況に驚いてしまう。グレアムのいる暖かいベッドで寝ている、この状況に。一人きりの冷たいベッドではなく。
サギトは護国騎士団に入団し、他の団員達と同じくこの兵舎で暮らすことになった、のだが。
団員にはそれぞれ個室があてがわれることになっているのに、グレアムはサギトが彼の居住邸に住むよう取り計らってしまった。
それはルールの逸脱じゃないのか、騎士団長がそんなことしていいのか、とサギトは言ったが、グレアムはルールの範囲内だと主張した。騎士団長が結婚した場合は、妻や子を居住邸に住まわせていいというルールがあるから、と。その「嫁枠」を使えばいい、と言われた。
いやすごく恥ずかしい、嫁枠ってなんだ、とサギトは思ったが、サギトは強引にその枠に入れられてしまった。
そしてなぜか、他の団員からの文句も来なかった。不思議なほどすんなりと、皆サギトが「嫁枠」であることに納得している様子だった。
◇ ◇ ◇
騎士団に入って四日目、騎士団員勢揃いで、サギトの歓迎会が催された。そこではいろいろなことを知らされた。
どうもグレアムは以前から酒の席などでサギトのことを周囲に語っていたらしい。サギトの存在は「アメジストの君」なる呼び名で「孤児院時代の恋人」として騎士団内で知れ渡っていた。
「ちょ、ちょっと待て!恋人ってどういうことだ?」
思わずグレアムに問いただしたら、ショックを受けたような顔をされてしまった。伏し目がちに聞いてくる。
「俺たちもしかして、恋人じゃなかっ……た?」
「えっ……」
サギトが返答に困って固まってしまった一瞬の間の後、場は爆笑の渦にのまれた。
周囲の騎士たちがうなだれるグレアムの肩を叩きながら、なぐさめるようにジョッキにエールを注いでいた。
「お前は一体、孤児院時代のどんな話をここでしていたんだ?」
「あー、聞かないほうがいいですよ、本当に」
とノエルに不穏なことを言われ、背筋が冷たくなった。
「大丈夫ですよ、みんな話半分にしか聞いてませんので」
いや何が大丈夫なんだ、だからどういう内容なんだ。
既にアルコールで真っ赤になってるグレアムは気まずそうに目をそらし、そのくせ機嫌良さそうにニコニコしている。
というかこの歓迎会の間中、グレアムは終始嬉しそうで、その幸せそうに緩みきった赤ら顔に、サギトは脱力してしまう。
追求する気が失せてしまった。
もういい、永遠に知らないままでいよう、と思った。
サギトにとってもこの歓迎会は思いの外、居心地が良いものだった。
この騎士団内では紫眼への差別を感じなかった。
それどころか既に忌人の団員が存在していることにサギトは驚いた。
額に二本の角が生えた「有角」が一人に、肌が緑の「緑肌」が一人。戦地付近の鉱山で奴隷として働いていたのを、グレアムがスカウトしたらしい。
まだ見習い騎士のようだが、どちらも筋骨隆々とした大男で、訓練すれば相当な戦力になるだろう。有角は古代の鬼族の末裔、緑肌はオーク族の末裔と言われている。確かに戦闘に向いている種族だ。
二人とも他の騎士達と普通に溶け込み、笑い声を立てて共に酒を飲み交わしていた。
サギトが求めていた、人種で差別されない小さなユートピアがここにあった。
忌人とそうでない人間が垣根なく仲間になる、それは決して簡単に作り出せる空気ではないはずだ。団長であるグレアムが相当の努力をしたのだろう。
グレアムはずっと本気で、この国の忌人差別を解消しようとしていたのか、とサギトは驚かされた。
忌人でないグレアムが、忌人のために動いていた。
こんなグレアムの一念により、忌人差別禁止法は制定されることになった。
職業差別は法的に禁止されるし、魔人の力を持つ紫眼は危険だから殺せ、などと書いてある書物は全て書き改めさせることになる。それは明らかな人権侵害であり殺人教唆であり、許されざる野蛮な記述だから、と。
この国はこれから、少しづつ変わっていくのだろう。
国の形、人々の心すら信念の元に変えていく。
間違ってる世界になど、決して迎合しないし妥協しない。世界の側 を、変えていく。
自分の持つ力を最大限利用して。
サギトは自分には無いグレアムの強さに、心中で舌を巻いた。
やはり自分とは正反対の男だな、と。
自嘲するでもなく、素直な賞賛と敬意を込めて。
グレアムの目指す未来はきっと光り輝いているのだろう。
彼が切り開こうとしている未来を、いつかこの目で見てみたいと思った。
彼の隣、共に歩めば、いつかその光へと辿り着けるだろうか。
そんなことを考え、サギトはまぶしげに目を細める。
つかの間、その光を垣間見た心地がして。
◇ ◇ ◇
ともかくも慌しい二週間だった。
サギトはベッドの上、そっと身を起こした。すると、
「ん……朝か……」
グレアムも目を覚ました。グレアムは伸びをしながら上体を持ち上げ、隣にいるサギトを見る。寝ぼけ眼が、ばちりと開かれる。
「おはようグレア……」
言い終わらないうちに、グレアムはサギトを引き寄せてキスをした。抱きしめられて強く唇を押し付けられる。やっと解放されたと思ったら、まだ足りないとばかりに、今度は顔中に連続で唇が落とされる。グレアムが女性で口紅でもしていたら、サギトは顔面キスマークだらけになっていることだろう。
顔中のキスに満足したら、
「おはようサギト」
やっと朝の挨拶をした。幸せそうに微笑んで、サギトの髪をなでつけながら。
毎朝こんな感じだ。サギトは朝から甘すぎてどうにかなりそうである。
甘すぎる朝の後は、辛目の昼がやってきた。
訓練場では慣れない運動をさせられている。特に筋トレがしんどい。
ノエルに、
「もうなんなんですか貴方の体は、おっぱいついてない女子ですか」
などと結構辛らつなことを言われ、
「魔道士もちゃんと身体作りしないと駄目ですよ、戦場は体力勝負なんですから」
と説教されながら、限界までトレーニングをさせられる。
サギトはきしむ体の汗を兵舎の共同浴場で流して、くたくたになって夜を迎える。
でも、とても充実した気分でもあった。心身ともに健康になっていく気がした。
二週間前までの自分自身を思い出すだけでぞっとする。ゴミみたいな連中の欲望のために人を殺し、誰も救わない薬を調合する日々。二度と戻りたくはない。
◇ ◇ ◇
夜、サギトは心地よく疲れた体をベッドに横たえた。
風呂上がりで上半身裸のグレアムが布で髪を拭きながらやってきて、倒れ込んでいるサギトを見る。ぷっと吹き出された。
「お前が筋トレしてるとか信じられないな」
「子供の頃から運動しておけばよかった……」
「おつかれさん。マッサージしてやろうか」
「え。できるのか?」
「うん、結構うまいぜ」
グレアムはサギトをうつぶせにさせると、その力強い手でサギトの体をしっかりと揉み解してくれた。肩、背中、腰、太もも。確かにすごく上手だった。
サギトは感激して礼を言った。
「すごいグレアム!ああ楽になる、ありがたい」
「そ、そうか……」
グレアムの声音がちょっと変だな、と思って、サギトはうつぶせの上体をあげて、彼に振り向いた。そして、
「あっ……」
その股間を見てしまう。しっかりテントを張っていた。
グレアムが気まずそうに顔を赤らめる。
「う、その、すまんっ」
慌てるその様子がとてもかわいらしくて、サギトの中でいたずら心が芽生えた。
サギトは身をよじってグレアムの方に頭を向ける。サギトはグレアムの腰に顔を寄せた。口を開け、脚衣の端を歯で挟む。口と手で下着ごとずりずりと引き下げた。
「さ、サギトっ」
狼狽する声。サギトがこんなことをするのは初めてだから、それは驚くだろう。
サギトに裸にされたグレアムの下半身は、もうすくと立ち上がっていた。情欲がサギトの中でふつふつと沸き立つ。口の中に唾がにじみ出る。欲しい、と。
サギトはその張り詰めた竿を握り、先端に舌を這わせた。
「あっ……」
初心 な声を漏らすグレアム。
サギトは獣のようによだれをたらして、そそりたつグレアムをくわえ込む。口内に初めて迎え入れるグレアムの分身。入れた途端、口の中で大きく張りつめた。
熱く脈打つ肉の感触に、サギトは恍惚となる。口を上下させた。したたるサギトの唾液と、グレアムの先っぽから分泌される苦い刺激が混ざりあって、グレアムの硬い肉をどろどろに濡らしていく。
グレアムが手でサギトの頭をかき混ぜる。
「っ……や、ばいっ、て……」
見上げれば彼は切なげな目でうっとりとサギトの行為を見つめている。
サギトはうれしくなってさらに彼を攻め立てた。
ただ愛しいと思う。
ずっと永遠にこうやって、愛撫し続けていたいとすら思った。
「だっ、駄目だ、いくっ……!サギトの口を汚してしまう!」
(何を言うのか、俺はお前の全てが欲しくて攻め立てているのだ)
サギトは淫らな水音をたてながら、いっそう激しく彼を口内でなぶった。
「い、いいんだな出して!?お、お前の中で、ほんとに……っ」
(往生際の悪い男だ、早く放て)
滾 るそれはびくびくと躍動した。サギトは自分の口の中でグレアムの躍動を体感できていることに高揚する。
大量の精がサギトの口内に放出された。
サギトは最高の達成感と共に、その真に不味いものを飲み下す。ぴりぴりと舌と喉がしびれた。まったくひどい味だ。
「うっ、飲んだのか?そ、そんなことしなくても!」
グレアムは額にあてた腕の下から、気恥ずかしそうにサギトを見つめる。
「サギト、あの、ありがとう。すげえ気持ちよかった……」
サギトは微笑んだ。なるほど、愛撫する側というのは楽しいものだ。サギトは口の周りの涎と精液を手でぬぐい、情けなそうに座るグレアムの体にしがみついた。
そのたくましい肉体に、己の体を吸い付けるように絡ませる。その耳元で囁いた。
この言葉を言わずにいられなかった。
「愛してる」
びくり、とグレアムの肩が揺れた。
「サギ……ト……」
放心したかのようにつぶやいたと思ったら、いきなり抱きしめられた。
「サギトっ、サギトっ!夢じゃないよな?俺すげー幸せだ。俺も愛してる、俺ずっとずっとお前のこと愛してるからっ!ほんと、幸せだ、どうしよう」
まさかそんなに喜ばれるなんて。そういえば初めて言った。
もしかしたらグレアムはずっと待っていたのかもしれない、サギトのこの言葉を。
「二度は言わない」
照れ隠しにそう言ってみた。するとグレアムは両手でサギトの顔を包み、輝く笑顔で言った。
「構わない、一生に一度でもいい。俺はたった一度のお前の言葉だけを宝にして生きていける」
そして再び、サギトをかたく抱きしめる。
(なんだそれは、大げさだな。本気で言っているのか、俺なんかの言葉をそんなありがたがるのか)
サギトはグレアムに笑おうとして、でも出来なかった。
笑うどころか目頭がつんと熱くなった。
(ああ駄目だ、零れ落ちる)
(ばれなきゃいいが)
だが実に間の悪いことに、グレアムはサギトを抱く腕をゆるめて、身を離した。サギトが黙ったのが気になったようだ。
グレアムがサギトの顔を確かめる。
サギトはぽろぽろと涙をこぼしている。
グレアムは驚き目を丸めた。
「サギト!?」
余計な心配をかけたくないサギトは、またその言葉を言わなければいけなくなった。
泣きながら、グレアムを見つめ。
「愛してる」
(やれやれ、もう二度目を言ってしまった)
グレアムはぐっと唇をかみ締めた。その目から涙がにじみだす。
サギトの頭を両手ではさんで、こつん、と額に額を寄せた。
「すげえ……うれしい……っ」
グレアムの頬を涙が伝う。
不埒なことをした後に泣いている男二人というのは、きっと滑稽なものだろう。
しかし二人の涙は止まらなかった。
サギトは嗚咽するグレアムを見つめ、その涙に含まれるだろう、沢山の意味を受け止めた。
そして、なんて幸せなんだろうと思った。
遠い日に、ぬくもりを教えてくれた人。
今、一緒に泣いてくれる人。
ずっと、愛してくれていた人。
まるでサギトの中の暗い想念を全て洗い流すように、涙はとめどなく流れ続けた。
魂が浄化されていく。
幸せをかみ締めるように、サギトは涙を流し続けた。
そして涙の海の中、ゆっくりと口を開く。
三度目の「愛してる」を、どうしても言いたくなって。
——「魔道暗殺者と救国の騎士」、完——
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ウラギリやらサツガイやら、殺伐とした物語を最後まで見捨てず読んでいただきありがとうございました。
※番外編の後日談、次ページから全部で三万文字くらいです。
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