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最後の仕事(3)

「本当に俺の店の跡になんて行きたいのか」 「うん、だってお前がずっと頑張ってきた店だろ。思い出じゃないか」 「……」  ろくな思い出ではないがな、とサギトは思う。  ただの隠れ蓑でしかなかった薬屋。ほこりをかぶる誰も救わなかった薬に、なんの意味があるのだろう。 「残っていた商品、処分したと言っていたがどうしたんだ?まさか全部廃棄したのか」 「いや、馴染みの商人にただでくれてやった。そうだお前も顔を見ているはずだ、尖り耳の男だ」 「おお、覚えてるぞ」  唯一の固定客であるフォスターには世話になったから、伝書鳩で連絡をつけて店仕舞いのことを知らせた。すぐに飛んできてくれたフォスターは、サギトの薬屋の廃業を心から残念そうにしていた。だが在庫を好きなだけ持っていけと言ったら大喜びだった。わざわざ荷馬車を借りてまで全部の商品を積み込んで、棚を綺麗に空っぽにしてくれた。  迷路のような路地を縫い、ドルバ通りとは別の大通りへと出た。その大通りからひとつ入った袋小路に、サギトの元店舗がある。  角を曲がって見えた元薬屋の建物の前に、見知った男がいた。  異様に小柄で、黒い帽子に黒い服。尖った耳。  男は憔悴した様子で、空っぽの店舗の前に立ちすくんでいた。 「フォスターさん?」  サギトが驚いて声を掛けると、フォスターははっとした様子で顔をあげた。サギトを見て、瞳を輝かせて駆け寄ってきた。 「サギトさん!よかった駄目もとで来てみたんだ。まさか会えるなんてな、俺はついてる。あんたにどうしても頼みたいことがあんだ」  そこまで言って、サギトの格好に目をぱちくりさせた。そしてサギトの隣にいるグレアムを見上げ、口笛を吹く。 「あんた、この間来てた先客さん?よく見れば英雄グレアム様じゃないか!」  グレアムは、ははと笑って頭をかく。 「あ、いや、どうも先日は」 「驚いた、薬屋やめて騎士になったのかサギトさん。ただもんじゃない気はしてたが、さすがにこいつは想定外だったな。悪いな、もっとなんつうか、裏稼業の人なんじゃねえかと勘繰ってたよ。まあ俺も人のことは言えた義理じゃないが」 「私に頼みたいこと、というのはなんですか?」  サギトは気になって促した。フォスターに頼みごとなど一度もされたことがない。  フォスターは深刻な顔つきでため息をついた。 「俺も薬を扱って随分たつが、俺が見てきた調合師の中でも、間違いなくあんたの腕は最高だ。頼めるのはあんたしかいねえって思ってる」 「なんでしょう……?」  フォスターはチラとグレアムを見ると、愛想笑いを浮かべた。 「グレアム様ちょっと、サギトさんお借りしていいですかね?二人で話したいんだ」 「どうぞどうぞ」  フォスターはサギトの手を引いて、グレアムから距離を取ると、小声で伝えてきた。 「これから俺が言う事、絶対に他言無用で願えるか?あっちの英雄さんにも、誰にも言わないでくれるか?」 「はい、お約束します」 「よかった、俺はあんたを信じる。同じ忌人だから、俺はあんたを信じられる。実はな、俺の知り合いの集落で奇病が発生しちまってんだ。どの薬を飲ませても効きやしない。……感染(うつ)る病気だ」  目を見開いたサギトに、うんとうなずくと、フォスターは言葉を続けた。 「昨日十人だった患者が今日は五十人に増えてる。最初に症状が出た数名はもう死んじまった。どんどん死人が増えそうだ。ありゃ絶対にやばい病気だ、だがなんだか分からねえ。サギトさん、あんたなら分かるんじゃないか?診てやってくんねえか」  予想もしていなかった依頼内容に、サギトは唾を飲み込んだ。  サギトは医者ではないし人を診たことなどない。役に立てるか分からない。だが調合を学ぶ上で身についた、病に関する知識はある。  自分が救える可能性が少しでもあるのならば。  気がつけばうなずいていた。 「分かりました。薬屋としての最後の仕事、させてください。その集落まで案内願います」  サギトはグレアムの方に振り向く。 「……悪いなグレアム、ここでお別れだ。俺はもう、デート出来ない」 「おいおい、俺に協力させない気か?」  見ればグレアムの顔つきが騎士団長のそれになっていた。 「すみませんフォスターさん、俺は地獄耳なんで聞こえてしまいました。俺にも手伝わせてください。戦うだけが騎士じゃない、困ってる民を助けるのが騎士の仕事です」  だがフォスターは、不快感あらわに首を横に振った。 「聞こえちまったのか!俺は騎士とか国に助けを求めてるんじゃない。サギトさん個人に頼んでるんだ。国に頼るのなんてごめんだ!」  グレアムがうろたえる。 「な、なぜですか?」 「発生したのは忌人の集まる域外集落なんだ。ただでさえ国から疎んじられてるところだよ。伝染病が発生したなんて知ったら、国は集落ごと焼き払うだろ!感染してない住人もまるごと閉じ込めて皆殺しにするだろう!」  域外集落とは、人の居住地域とみなされていない、魔物の多発する荒野に点在する集落のことだ。  農耕に適さない痩せた土壌、常に魔物の脅威と隣り合わせの危険な環境。  それでもそこに住まざるを得ない、あぶれ者たちが身を寄せ合って暮らしている。  たとえばそう、忌人とか。  グレアムは眉間にしわを寄せる。 「そんなこと俺がさせません!」 「いいや、国はやる!絶対だ、賭けてもいい!」  いつも愛想笑いを顔に貼り付けているようなフォスターが、むき出しの憎悪を表出させていた。サギトは初めてフォスターの本音を見たような気がした。  フォスターの気持ちは、サギトには痛いほどよく分かった。  フォスターの言葉が重く響いたのか、グレアムは口ごもる。 「うっ……。では分かりました、国には絶対に言いません。でもどうか協力させてください!国も役職も関係ない、ただ一人の男として、ただ一人の騎士として!」  フォスターはグレアムを疑わしげな目で睨めあげる。 「あんたを信用しろっていうのか?国のお偉いさんであるあんたを」  サギトがフォスターの肩に手を置いた。 「フォスターさん、あなたの言ってることは正しい。ええ、国はきっと集落を焼き払おうとするでしょう。でも、グレアムは信用できます。……多分、俺よりも信用できる」  そう言ってサギトは微笑した。  フォスターは(いぶか)しむように口を曲げ、サギトに問いかける眼差しを送る。 「まだ公表されてませんが、もうすぐ忌人差別禁止法が制定されます。グレアムが国に掛け合って制定の運びとなりました。こいつは、そういう男です」 「忌人差別禁止法だって?」  フォスターはグレアムをまじまじと見つめた。グレアムは照れたように頭をかいている。  サギトは言葉を繋げた。 「早く行きましょうその集落に。寸分も時間が惜しい」  フォスターはしばらく躊躇ったのち、うなずいた。 「……分かった、そうだな、ここでうだうだしてる場合じゃねえ。サギトさんが信じろと言うなら信じようじゃないか、この騎士様を」  グレアムは安堵したように息をつくと、宙に手を伸ばした。グレアムの手の先の空間に真っ黒な穴があき、そこからワイバーンが現れた。 「おわっ」  フォスターが仰け反ってその巨体を見上げる。  グレアムが「失礼」と言って、フォスターの小さな体を抱えてワイバーンに飛び乗った。フォスターを自分の前に座らせる。  サギトも風魔法を使ってひらりと飛び乗り、グレアムの後ろにまたがった。 「こ、こんなのに乗ってくのかい!?」  ワイバーンが頭をもたげ空を見上げる。その大きな翼をはためかせた。巨体は宙に浮かび舞い上がり、あっという間に王都をはるか下に見る。  上空でグレアムがフォスターに言う。 「その集落の場所、決して誰にも言わないと誓います。どうか案内して下さい」 「ふん、もう信じるしかねぇや!裏切ったらただじゃおかねえからな!」 「分かってます!」 「魔の森ゲルニアとタンラン山の狭間の北端あたりだ!」 「ありがとうございます!行ってくれワイバーン!」  上空で風に乗り、ワイバーンは目的地めがけて空を駆けていった。 ◇ ◇ ◇

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