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 ほとんどカウンターテーブルに突っ伏しながら、それでも透はビールの入ったグラスを手放さなかった。 「なんでフラれちゃったの?」  吉見からの問いに、ビールをぐいっとあおってから答える。 「なんかぁ、クーラーが壊れて。暑苦しいんだって。おれも、部屋も」  ――なにかがおかしい。なぜこんなことを上司に喋っているんだろう。あ、タメ口きいてる。ま、いっか、同い年だし。  ぐるぐる。思考も視界も回る。そんな中、吉見の顔がやけにくっきりと見えた。  ――やっぱかっこいいな。 「そうなんだ。会社での笠原はクールだから、熱い面があるなんて意外だな」 「自覚ないけど、おれ、酔うとキス魔になるらしいんです。それが嫌だったみたい。クーラー壊れてんのにくっつくな、暑苦しいって怒られて、それで、別れよってなって。告白もおれからだったし、あいつはおれのこと好みじゃないってずっと言ってたし、いずれこうなる運命だったんですよ」  自分でも何を言っているかよく分からなくなっていた。ぐいっ。顔が持ち上げられた。吉見の手が透の顎にかかっていた。弧を描いた目と口が、透をとらえて離さなかった。 「へえ。してみてよ」 「なにを?」 「キスを」 「だれに?」 「僕に」  吉見は透を見つめたまま動かない。なまめかしいほどの笑みに飲み込まれそうになる。 「できるでしょ? 上司命令だよ。ほら」  かろうじて残っていた透の理性が、言葉を紡いだ。 「ここじゃ、いやです」 「分かった。じゃあ、笠原の家に行く」  吉見が即答した。 「は?」 「今日はちょうど金曜日だし、行ってもいいよ」 「なにが『ちょうど』なんですか!」 「じゃあうちに来る?」 「場所の問題ではありませんっ! 吉見さんとはキスしません」  テーブルを叩くと、大きな音が店内に響き渡った。吉見が肩をすくめる。 「なあんだ、残念。すみません、この人にお水ください」  後半は店員に向けて言った。  ――くそ、酔っても爽やかなのかよ。むかつくな。  理不尽な怒りが込み上げてきて、透の口からふてくされたような声が漏れた。 「なんでですか」 「なにが?」 「なんで俺に構うんですか」 「好みだから」  吉見のくしゃりとした笑顔を見て、心臓がどくんと脈打った。アルコールのせいだと思いたいのに、その瞳にも酔いそうになる。 「って言ったらどうする?」  いたずらっ子のような目が、透に向けられた。 「……からかわないでください」 「本気かもよ」 「なんだよそれ」 「笠原は彼氏にフラれ、僕はフリー。なにも問題なくない?」  ぐるぐる。好みだから。フラれた。フリー。ぐらぐら。問題ない。  水を喉に流し込み、透はようやく吉見から顔を背けた。

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