5 / 7
5
ほとんどカウンターテーブルに突っ伏しながら、それでも透はビールの入ったグラスを手放さなかった。
「なんでフラれちゃったの?」
吉見からの問いに、ビールをぐいっとあおってから答える。
「なんかぁ、クーラーが壊れて。暑苦しいんだって。おれも、部屋も」
――なにかがおかしい。なぜこんなことを上司に喋っているんだろう。あ、タメ口きいてる。ま、いっか、同い年だし。
ぐるぐる。思考も視界も回る。そんな中、吉見の顔がやけにくっきりと見えた。
――やっぱかっこいいな。
「そうなんだ。会社での笠原はクールだから、熱い面があるなんて意外だな」
「自覚ないけど、おれ、酔うとキス魔になるらしいんです。それが嫌だったみたい。クーラー壊れてんのにくっつくな、暑苦しいって怒られて、それで、別れよってなって。告白もおれからだったし、あいつはおれのこと好みじゃないってずっと言ってたし、いずれこうなる運命だったんですよ」
自分でも何を言っているかよく分からなくなっていた。ぐいっ。顔が持ち上げられた。吉見の手が透の顎にかかっていた。弧を描いた目と口が、透をとらえて離さなかった。
「へえ。してみてよ」
「なにを?」
「キスを」
「だれに?」
「僕に」
吉見は透を見つめたまま動かない。なまめかしいほどの笑みに飲み込まれそうになる。
「できるでしょ? 上司命令だよ。ほら」
かろうじて残っていた透の理性が、言葉を紡いだ。
「ここじゃ、いやです」
「分かった。じゃあ、笠原の家に行く」
吉見が即答した。
「は?」
「今日はちょうど金曜日だし、行ってもいいよ」
「なにが『ちょうど』なんですか!」
「じゃあうちに来る?」
「場所の問題ではありませんっ! 吉見さんとはキスしません」
テーブルを叩くと、大きな音が店内に響き渡った。吉見が肩をすくめる。
「なあんだ、残念。すみません、この人にお水ください」
後半は店員に向けて言った。
――くそ、酔っても爽やかなのかよ。むかつくな。
理不尽な怒りが込み上げてきて、透の口からふてくされたような声が漏れた。
「なんでですか」
「なにが?」
「なんで俺に構うんですか」
「好みだから」
吉見のくしゃりとした笑顔を見て、心臓がどくんと脈打った。アルコールのせいだと思いたいのに、その瞳にも酔いそうになる。
「って言ったらどうする?」
いたずらっ子のような目が、透に向けられた。
「……からかわないでください」
「本気かもよ」
「なんだよそれ」
「笠原は彼氏にフラれ、僕はフリー。なにも問題なくない?」
ぐるぐる。好みだから。フラれた。フリー。ぐらぐら。問題ない。
水を喉に流し込み、透はようやく吉見から顔を背けた。
ともだちにシェアしよう!