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β

初めて発情期が来た時以来、発情してないなんて嘘だ。 身体が未発達な事を理由に、抑制剤を処方してもらっていた。 最初の病院で、感じ悪く診察した医師に結局オレは定期検診をしてもらっていた。 この医者 音羽奏音(おとわ かのん)先生は、口は悪いけどその言葉に同情や慰めは一切無かった。1度も、オレを可哀想だとは言わなかった……。その事が、安心出来た。 「うん。ミヤ君の子宮も大分安定しているね。相変わらず、指先一本入れるのに時間はかかるけどさぁ〜。まぁ、こんだけキツけりゃ後天Ωでも、喜ばれるんじゃないかな。 リスト来たんでしょ? あ、もうパンツ履いて良いよ。台から降りたらジェル拭いといて。」 「・・・はい。」 カーテンの向こう側から声をかけられる。 最初の頃は内診台の上で、足を開く事に悔しさと恥ずかしさに泣いてしまっていたが、この先生は口調とは裏腹に側に居て待っていてくれた。 そして、今の今まで国への診断書に融通を利かせてくれていた。 発情を迎えたΩは、αに愛されなければその寿命は短く短命となっていくが、オレの体はαどころか自分のバースさえも受け入れられる状態では無かった。せめて、子宮の大きさが規定値までエコーで確認できる様になってから、ブリーディングを許可すると約束してくれたのだ。 オレにとってそれは、夢の様な約束だった。 保護されているとはいえ、今のΩはαの繁殖の為に生かされている。発情をコントロールするのもαの為。出生管理の為に、政府主導のブリーディング。  βだった頃は、そんな国の保護対象をオレは可哀想だと思っていた。 けど、そんな可哀想なΩは自分だった・・・。 だからといって、自らの命を断つ事は出来無かった。 両親と事故にあった時、両サイドからオレを守る様に抱きしめてくれていたから、オレは命が助かった。その命を、捨てる事は両親の死を無駄にする事だと思った。 けど・・・、初めての触診でオレは泣きながら嘔吐してしまった。 自分でも触った事の無い場所を、無理やり開かれる感覚に・・・。 それでも、この先生が根気よく診察に付き合ってくれたおかげで、ここまで来れた。 相変わらず、口は悪いけど・・・。 「そーいや、リストの体液、自分で採取するのキツかったら、今突っ込んだ綿棒あげるけどどうする?」 触診をする為につけたジェルを拭き取ってる最中に、仕切っていたカーテンを開けられる。 「ちょ!! 音羽先生、オレまだパンツも履いてないんだけど!!!」 「あ〜?? 今まで、そん中に指入れて、中身確認してんだ。 ちっせー事気にすんな。」 チャック付きの袋に入れられた綿棒を渡して来た。 「ほらよ! 袋に入れてやったんだ持って帰れよ。 まぁ、シコってもう提出してんだったら捨てて構わねーけど。 強制採取になったら、監視員の前で公開オナニーする羽目になるぞ。」 「・・・もらっとく。」 「しかし・・・お前、毎回ジェル一本使うんだけど。いい加減慣れないかね?」 「・・・す、すいません。」 「あ、別に怒ってないよ。 だって、君のそれ僕じゃ無理だし国からいくらでも貰えるからいいんだけどね〜。けどさ〜、早いところ彼氏でも彼女でも作って欲しいんだよね。」 「・・・なんでですか?」 「ん? さっきの感じだといつ発情期きてもいい感じなんだよね〜。」 「え・・・発情期って・・・・。今日、夜仕事で・・・。」 「そう? いいんじゃない〜、今夜って、オメガナイトじゃん!!! 良さげなのいたら、一発やっちゃいなよ!」 「・・・音羽先生。オレは何度も言いましたよね?そういうのは、ちゃんとしたいって。」 ガチャ 先生と話している最中に突然ドアが空いた。 辛うじて下着は履いていたが、思わず体が強張った。 咄嗟に、先生が白衣をかけて庇ってくれる。 「先生、次の方が・・・」 「!!」 「おい、まだ、前の方が着替え中だ!!」 「し、失礼しました。」 そう言って、慌てて入ろうとしてきた看護師がドアを閉める。 「おい、こっちに何で入ってきた。出て行け。」 焦って、内側に入ってしまった看護師に先生が文句を言っていたのを、庇われながら入ってきた看護師の顔を窺い見る。 あれ・・・?あの顔・・・。 「は、はい!!申し訳ございません!!!」 「あ、あの・・・曽根先輩?」 頭をさげていた看護師がゆっくり顔をあげる。 その言葉に、先生が振り向いて聞いてくる 「・・・ミヤ君、知り合い?」 「え・・・? み、宮嶋君?」 先生の白衣から少しだけ顔を出す。 「お・・・お久しぶりです・・・。」 「ああ、元気だったかい?」 そう言って、こちらに近づこうとした看護師に先生が静止する。 「2人が知り合いなのは、良いけど・・・。君、早くここから出て行きなさい。ミヤ君も彼の前で着替えられるならいいけど・・・?」 「え・・・あ、それは・・・。先輩・・・その・・・」 「あ、ああ。ごめん。僕はもう行くから・・・。先生次の患者さんお願いしますね。」 そう言って、先輩は外に出て行った。 「・・・先生、先輩も・・・?」 ズボンを履いて、かけてもらってた白衣を先生に返すと、先生は気にすることなく白衣を着る。 「ああ、彼はβだよ。前は、α地区の病院勤務だったらしいけどね・・。」 「α地区・・・すごいですね。」 「・・すごい・・・ねぇ。 まぁ、次は来月だけど何があったら連絡して。」 少し、複雑そうな顔をしたが、すぐにいつもの胡散臭い笑顔で連絡先を書いたカードを渡してきた。 「・・・? ここの診察券に番号書いてあったけど・・・。」 「ああ、それは僕の私用のやつ。」 「え・・・いや、いらないんですが・・・。」 「あはは、そう言うのじゃないよ。ここより、Ω地区に近いとこにプライベートクリニック持ってるから。何かあったら連絡して。」 「・・・それなら、貰っておきます。」 そう言って、鞄に入れた。 その様子を、音羽は黙って見ていた。 βがエリートばかりのα地区で働くには相当の努力がいる。また、α地区で働くにβは、αに対して劣等感を感じやすくなる。 逆に、Ω地区で働くβは、Ωに優越感を持ち始める。 何もなければ本当にいいんだけど・・・。 診察室を出ていった彼のカルテを眺めながら、そんな事を思ってしまった。 「宮嶋君。 もう帰るのかい?」 「あ、曽根先輩・・・。ええ、今日は検診だけだったんで。」 ロビーで検診の次回予約を確認していると、後から先輩に声をかけられた。 「今日は、君と話せてよかったよ。また、話せるかな?」 「え・・・あ、はい。来月も検診があるので・・・。」 そう答えると、手が差し出される。 思わず、反射的に握手すると先輩のもう方の手も重なり、先輩に両手で握手される 「そう、よろしくね。」 「はぁ・・・。」 ギュッと一度強く握られ、思わず体が強張ってしまう。 「あ、ごめん。痛かったかい?」 「いえ・・・大丈夫です。ちょっと驚いただけなんで・・・。そろそろ、オレいきますね。これから仕事何で・・・。」 「引き止めちゃって悪かったね。あんまり、遅くまで無理しないようにね。今日は、ちゃんと家に帰るんだよ。」 「・・・え?」 そう言うだけ言って、先輩は仕事へ戻って行った。 ………気にしすぎかな。家に帰る……その言葉に、過剰に反応してしまっただけ………。そう思って、尊は病院を後にした。 その姿を、見ていた人物に気付く事無く。 ♪♪♪ 病院をでて少しすると、尊の携帯に連絡がはいった。 今度は画面に表示された相手に、ビクビクしながら通話ボタンを押す。 「……はい…、分かりました。」 電話の主は、大家。 行きたくないが、行かなければ今度は叔父さんに連絡がいってしまう。 案の定、アパートの前に大家が立って待っていた。 「宮嶋さん、困るのよ~。 郵便受けから郵便物は溢れてるし、新聞受けのも、外にまで出てるのよ? あなた、ここに帰ってきて無いのかしら?」 「………すいません。 すぐ片付けます……。」 大家言われ、ビニール袋に郵送受けの中身を入れていく。 「あら?中、確認しなくていいの?」 「……はい、大丈夫です……。」 「そう? あ、そうそう、さっきあなた宛に手紙が届いたから、 今持ってくるわね。」 「え!? ………あ、ありがとうございます。」 大家が、白い封筒を持ってくる。 「はい、これ。指定配送にしたならちゃんと家に居ないと困るのよ。今度から気をつけて頂戴ね。」 封筒を渡すと、そう言って管理室に戻って行った。 恐る恐る封を開けた瞬間、思わず落としてしまった・・・。 ヒッ・・・ 封筒の中から、病院での自分の写真とメッセージカードが一枚 『 オ カ エ リ 。 』 怖い怖い怖い・・・何これ・・・ 落ちた写真を拾い集め、オートロックを解除して中に入る。 カーテンを開け、空気の入れ替えをしてやっと一息つく。 まただ・・・。  最初は、差し出し人の無い手紙だった。それも、白紙の紙が入ってただけ。 それが、今では写真にメッセージ。 公平おじさんにその事を伝えてからは、ここに帰ってはいなかったのだけど・・・。 こんなに・・・。 ポストから取り出したモノのほとんどが、白い封筒・・・。 中は見ない。 警察にも相談したが、ここはΩ地区。ゲートの記録を確認してもらったが不審な人物も不審な入場記録も無かった。Ω同士のトラブルには警察は基本消極的だった。 発情したΩが、αを取り合う事なんて日常茶飯事。その延長で、執着粘着・・・妬み嫉み。そんなモノはここでは当たり前。 これも、その一つだと思われた。 はぁ・・・。 ため息をつきながら、バスルームに入った。 鏡に映った自分を見るたび、うんざりする。 18年間見慣れていた体が、この2年で丸みを帯びてきている。 元々、筋肉質では無かったけど・・・、ここまで肉が落ちるとは・・・ Ωの血が濃ければ濃いほど、その容姿は中性的になり、より多くのαを惹きつける。 両親共にβだった尊は、そこ迄中性的とは言わないが、元々外に居るよりは部屋で静かに過ごすタイプだったせいか、肌の色は白く、手入れするのが面倒で放置してしまった少し長めの髪は、年齢より幼く見せた。どことなく憂いを帯びた表情とのアンバランスさから、尊が気が付いてないだけで、カフェの客の中に隠れファンが居るほどだった。 きっと、高校時代の同級生は気がつかないかもな・・・。  ・・・気づか・・・無い?  何かが引っ掛かったが、バスルームを出た。

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