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こっちを向いて。俺だけを見て。 3

 ほどなくして俺の手に乗せられたのは、皮製の茶色い犬が赤い首輪をしているキーホルダーだった。 「返さなくていいですから、持っててください」  健人さんは、恥ずかしそうに俺から目をそらした。 「え……。これって」  手のひらのものをまじまじと見つめる。よく見ると、玄関横のものと全く同じ形の鍵が付いている。 「合鍵です。いつ渡そうか迷ってました。こんなタイミングで、かっこつかないですね」  健人さんが弱々しく笑った。俺はあふれる思いが言葉にならず、無言で抱きついた。健人さんが俺の腕の中で暴れはじめる。 「やめて、離れて! 風邪がうつりますからっ!」 「健人さん、大好き。行ってきます」  俺が手を離すと、健人さんが後ろに飛び退いた。 「……悠里のせいで、もっと熱が上がりました」  床にうずくまり、非難がましい目で見つめられる。 「鍵かけてくから、ちゃんと寝ててよ? ソファでうたた寝はだめだよ。ベッドで横になるんだからね?」  もらったばかりの合鍵を揺らす。チャリンと音が鳴った。にっこりと笑ってみせると、健人さんが頷いた。 「分かりました。行ってらっしゃい。気をつけて」   *  スーパーへ向かう道は、合鍵をズボンのポケットの中でぎゅっと握りしめながら歩いた。すごく大事で、絶対になくしたくないものだから。  これさえあれば、健人さんの家にいつでも出入りできる。健人さんが俺を信頼してくれている証だ。言葉にならないくらい嬉しかった。  パック入りの刻み小ネギをカゴに入れようとした時、手にくっきりと鍵のあとがついていることに気がついた。こんなに強く握りしめてたのかと思って、ちょっと笑った。  スーパーには解熱剤が売っていなかったので、併設されているドラッグストアに回った。ついでに、使い捨ての氷枕、スポーツドリンク、ヨーグルト、プリンなども買い込んだ。持参した買い物袋はパンパンだ。袋を肩にかけて、帰路を急ぐ。俺はこれから、健人さんの家に「帰る」のだ。  ――なんか、すごく「カップル」っぽい!!  風邪をひいて寝込んでいる健人さんには悪いと思いつつも、胸がワクワクした。

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