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こっちを向いて。俺だけを見て。 4

 鍵を穴に差し込んでひねると、カチャッと音がしてドアノブが回るようになった。そんな当たり前のことに感動する。自分の家以外の鍵を所有するのは初めてだから、少し緊張した。不法侵入してしまっている感覚になる。  なるべく音を立てずに扉を開閉して中に入った。健人さんは玄関にはいなかった。静かだから寝ているのだろうと思う。袋を床に置いて、靴を脱いでいると、奥から健人さんの声が聞こえた。 「ゆうり……?」 「今帰ったよ。どうした?」  小走りで近づくと、ベッドの中で目を閉じたままの健人さんが、もぞもぞと動いた。眉間には苦しそうにしわが寄っている。 「大丈夫?」  声をかけてみるが、答えない。頬に触れる。熱い。かなり熱が高いようだ。 「ゆうり」  すうっとしわが消え、寝息が聞こえはじめた。  ――うわごとで俺の名前を呼んでくれてた。  すごく恥ずかしい。でも、嬉しい。胸が甘くうずいた。  俺は玄関に戻って、袋の中身を全部キッチンの作業台の上に出した。洗面所から薄手のタオルを拝借し、使い捨ての氷枕に巻きつける。部屋に戻り、ベッドに近づいた。 「ちょっとごめんね」  頭を持ち上げた時、健人さんが少しだけ唸ったが、目は閉じられたままだった。氷枕の上に頭を乗せると、冷たさが伝わったのか、表情が和らいでいった。 「ゆっくり休んでて。雑炊作ってくる」  寝ていたら聞こえないよなと思いつつも、声をかけずにはいられなかった。   *  炊飯器を開けてみる。健人さんの言う通り、ほとんど中身は減っていなかった。全部雑炊にするには多い。一旦ふたを閉め直した。  昨日の夜から具合が悪かったということだろう。俺が今日連絡しなかったら、たった一人でなんとかするつもりだったのだろうか。玄関先に出てくるだけでつらそうだったくせに。次に俺と会う時には、風邪のことなんて一言も話題に出さないで、「ずっと元気でした」みたいな顔で会うつもりだったのだろうか。  ――俺のこと、真っ先に頼ってほしかった。  ふっと寂しくなる。  でも、連絡をしてこなかったのは、俺に風邪をうつしたくない、心配をかけたくないという健人さんの優しさなんだと分かるから、健人さんを責めることはできない。だからこそ、うまく消化できない感情が腹の底に溜まっていく。  健人さんからもらった合鍵を手のひらに乗せた。犬のキーホルダーも、俺のことを考えて選んでくれたのだと思う。じっと見つめてから手で包み込む。  ――大丈夫。俺は健人さんに信頼されてるんだ。俺は健人さんの恋人なんだ。何も心配することはない。  自分に言い聞かせながら、鍵を強く握りしめた。

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