9 / 87

こっちを向いて。俺だけを見て。 7

「それ以上言うと怒るよ!」  感情をおさえたつもりが、体に力が入ってしまう。健人さんが呆れたように眉を下げた。 「もう怒ってるじゃないですか」 「当たり前だよ! 俺だって同じなのに」  こぶしを握りしめ、健人さんをにらみつける。健人さんは驚いたように目を丸くした。 「健人さんだって、男が好きなわけじゃないでしょ! 俺だっていつも不安なんだ。健人さんはいつか他の誰かを好きになるんじゃないかって、健人さんの隣に俺はふさわしくないんじゃないかって、いつも思ってる。先輩が言ってたよ。『今年に入ってから健人は人当たりが良くなった』って。それって、俺と付き合い始めたからだよね?」  健人さんが目をそらすので、両手で顔を固定した。健人さんの瞳をのぞき込むようにして話を続ける。 「いつでも人に――特に女の子に囲まれてる健人さんを見てると、嫉妬で頭がおかしくなりそうだ。『健人さんは俺の恋人だから、とらないで』っていつも思ってる」  涙がこぼれた。健人さんがまばたきをして、俺を見つめ返してくれた。 「大丈夫です、悠里。僕は誰にもとられません。悠里はとても魅力的な人間です。僕が君以外に(ほだ)されることはありません。君が僕のことを好きでいてくれる限りは、絶対に僕から手放したりしない」  そっと頬に手を添えられ、涙を親指でぬぐわれる。病人に気を遣わせて、励ましてもらって、申し訳ないと思う。でも、一度あふれ出した言葉は止まってくれなかった。 「健人さんと付き合ってることを、みんなに宣言できたらいいんだろうけど、それはまだ怖い。怖いんだ。怖いって思ってる自分が嫌になる。世間体が気になって、堂々とできない自分が情けない。こんなに好きなのに、みんなに公表するのが恥ずかしいって思ってしまうのが悔しい。こんな俺だから、女の子に笑顔を向けられている健人さんを見るたびに、隣にいるのは俺じゃない方が幸せなのかもって思う。でも好きなんだよ。健人さんが、健人さんだから好きなんだよ。わがままに付き合ってるわけじゃない。何もしてあげられないなんて言わないで。健人さんがこの世に存在してくれて、今俺を選んでくれてるだけで俺は幸せなのに」 「ありがとうございます。でも、君は僕といるよりも――」  健人さんが目を伏せる。だから俺は、健人さんをじっと見つめた。 「健人さん、俺を見て」  健人さんが顔を上げる。 「見てますよ」 「俺だけを見て」 「僕は最初から、君しか見ていませんよ」 「これからもずっと、よそ見なんかしないで、俺だけをその目に映してほしい」 「分かりました」  健人さんが深く頷いた。 「俺も、健人さんしか見ないから」 「それは……嬉しいですが、無理しなくていいですよ」  さっきは即座に首を縦に振ったくせに、寂しそうに笑って、頭を下げるから。 「目をそらさないで! 健人さんも言ってよ。『僕しか見ないで』って」  両手を使って、無理やり上を向かせてしまった。 「僕のわがままで君を縛るのは心苦しいです」  健人さんの笑顔が俺の不安を膨らませる。 「なんで。やだよ、縛ってほしいよ……。『ずっと僕のこと好きでいて』って、言ってよ」 「もし、君が心変わりした時に、僕は足かせになりたくないんです」  目が、合わない。

ともだちにシェアしよう!