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こっちを向いて。俺だけを見て。 8

「心変わりなんてしない。俺は健人さんしか見ない!」 「でも――」 「どうして信じてくれないの?」  俺は、健人さんから手を離し、隣に移動した。健人さんは黙って俺の動向を見守っている。 「こんなに好きなのに」  立ったまま横から抱きついて、健人さんの耳に胸を押し付けた。健人さんに心臓の音を聞かせる。健人さんと密着している緊張と喜びをあらわす、ドドドドドという早鐘が聞こえているはずだ。健人さんの体はとても熱かった。しばらく同じ姿勢でいると、「もう分かりました」という小さな声がした。俺は再び健人さんの真正面に立つ。 「俺が健人さんを思う気持ち、信じてくれた?」 「はい。君にそんな顔をさせるつもりではありませんでした。すみません」  健人さんがまた痛みをこらえるように笑った。健人さんは意識的なのか無意識なのか分からないが、俺の名前を呼ばなくなった。それがとてもつらくて、切なくて、苦しくて。 「聞き分けがいいふりして、自分の気持ちを蔑ろにする健人さんは嫌い」  言葉が口から飛び出してしまった。健人さんの顔が曇った。傷つけてしまっている。そう分かっていても、やめられなかった。 「健人さん。言って。俺の気持ちを第一に考えなくていいから、健人さんの『わがまま』、聞かせてほしい」  合鍵だけじゃなくて、健人さんが俺のことを好きだと確信できるような言葉がもっとほしかった。健人さんにも俺を求めてほしかった。  健人さんは黙ったままだ。俺も引くに引けず、言うつもりがなかった言葉まで口にしてしまう。 「聞かせてくれなきゃ、嫌いになる」  健人さんが両目を強くつぶった。その姿を見て、わがままを言っているのは俺の方じゃないかと思う。謝らないと。嫌われる。でも。考えがまとまらない。そのうちに健人さんの目と口が開いた。 「僕は……」  逡巡するように、健人さんの目が泳いだ。腹の前で自分の手をぎゅっと握りしめるのが見えた。深呼吸ののち、俺の顔をまっすぐに見据える。 「僕は、君を――悠里を、一生手放したくありません。悠里をまるごと独り占めしたい。他の人にとられたくない。僕以外の誰にも触らせたくない。他の人と幸せになんかならないで。僕のそばに、ずっといてほしい。悠里が望むことならなんでもしてあげるから、もっともっと、僕のことを好きになって。四六時中僕のことを考えていてほしい。僕なしでは生きられなくなってほしい。不幸にさせてしまうかもしれないけれど、それでも、悠里が他の人と付き合うなんて、そんなことになったら、死んだ方がマシです」  よどみなく、俺から視線を離すことなく言い切ってくれた。俺の目からぽろりと涙がこぼれた。 「ありがとう。嬉しい」 「強欲で引きましたよね。すみません」  お礼を言うと、健人さんが俯いた。 「どうして謝るの? すごく嬉しいよ」 「僕がこんなにも欲深い人間だったなんて知りませんでした。自分でも怖くなります。やっぱり聞かなかったことに――」 「なんで? 俺は嬉しかったのに」 「君にいろいろ押しつけてしまいました。申し訳ありません」 「謝るの禁止」  健人さんの頭に右手を乗せる。 「でも」  不安げな顔で見上げられる。 「『でも』も禁止。俺は嬉しかったんだから、それでいいの」 「……はい」  健人さんの視線が泳いだ。 「目をそらすのも禁止」  俺はそう言いながら、健人さんに近づいた。立ったまま抱きしめる。 「健人さん、好き」 「僕も好きです。悠里」  瞬時に言葉が返ってくる。

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