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こっちを向いて。俺だけを見て。 9
「絶対に俺の方が好き」
「いいえ。僕の方がもっと――」
「健人さん。俺は、この世に存在する言葉を全てかき集めても表現できないくらい、健人さんのことが好きです。これからもずっと健人さんと一緒にいられたら、絶対に幸せだよ。不幸になんてならないし、させない。俺のこと、健人さんに全部あげるから、独り占めして。このままずっと俺だけを見ててね」
喋りながら、俺もなかなか強欲だな、と思う。腕の中で健人さんが頷く気配がした。
健人さんを解放すると、照れたようにはにかんでくれた。俺は、健人さんの顎に手をかけて、少しずつ顔を近づけていった。その瞬間、健人さんの手が飛んできて、俺の口に押しつけられた。
「キスはだめです」
拒否された。平手打ちをくらったみたいな衝撃を受けて、頭が真っ白になりかけた。健人さんが手を下ろしながら言葉を続ける。
「風邪がうつります」
ほっと胸をなでおろした。
「なんだ、そんなこと。うつしてよ。人にうつしたほうがすぐ治るって聞くよ」
きちんと閉じて揃えられた健人さんの太ももをまたいで、その上に座る。
「全然『そんなこと』じゃありません! やめてください。悠里、僕のこと好きなんでしょう? 絶対にだめです!」
焦った声。構わずベッドに押し倒した。暴れ回る両腕をなんとかつかまえて、手でシーツの上に固定する。
「だめ、いやです、やめて」
健人さんの声がうわずっていた。
――好き。すき。健人さん。健人さんも、俺のこと好きなんだ。いつもは隙あらばキスしてくるくせに、風邪の時はこんなに嫌がるんだ。俺にうつしたくないから。そんなに俺のことが大事なんだ。嬉しい。うれしい。だいすき。
いやいやと横に動き続けている頭を追いかけて、唇に唇をぶつけた。
健人さんが身体中に力を込めた。口も固く閉じられている。形を確かめるように、健人さんの唇を舌でなぞった。ささくれ立ってザラザラしていた。なめるうちに、健人さんの鼻から、吐息まじりの声が漏れはじめる。
「んっ。……ふ、ぁっ」
口が開いた隙に素早く舌をねじ込んだ。往生際が悪く押し返してこようとする健人さんの舌を絡めとる。健人さんの目から涙が落ちた。一瞬口を離す。
「ゆう……やめっ――」
拒否する言葉が飛び出してきたので、聞きたくなくて再びふさいだ。
「ん、……は」
しばらくすると、健人さんが諦めたように力を抜いた。健人さんの上に腹ばいになるみたいな形で、キスを続ける。体の間でこすれたお互いの下半身が芯を持ちはじめたのを感じる。
体を起こすと、絡み合った舌から、糸が引いて健人さんの顎に落ちた。とろりとした二つの目が俺の方を向いていた。
「気持ちよかった?」
健人さんは肩を上下させて荒い呼吸を繰り返した。その口は一向に言葉を紡ぐ気配がない。
「ねえ、答えてよ」
頬を両手で触る。予想外の熱さに、思わず手を引っ込める。キスする前よりも、健人さんの体温が上がっている。
――そうだ、健人さん、具合悪いんだった。やばい、これ以上はだめだ。病人相手に何やってんだ……。
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