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こっちを向いて。俺だけを見て。 10

 我に返った俺は、ベッドから降りてこうべを垂れた。 「ごめん」 「馬鹿っ」  健人さんは俊敏な動きでベッドの上で体育座りをすると、布団を頭からかぶってテントみたいにして全身を隠した。そのままの状態でトゲトゲした声を出してくる。 「悠里に風邪がうつったらどうするんですか! 僕は一生後悔します!」 「大げさだなあ。俺は大丈夫。けっこう体は丈夫だから。無理やりキスしちゃったのは本当にごめん。謝るよ。心配してくれてありがと」 「でも……」 「『でも』禁止ってさっき言ったでしょ。大丈夫だって。雑炊おかわりいる? それともアイス?」  沈黙ののち、小さい声が返ってくる。 「……アイス」 「持ってくるから布団から出てきて」 「……もうキスしませんか?」  探るように尋ねられる。 「しないよ」 「絶対?」  もぞっ、と布団が動いた。 「絶対。安心して出てきて」 「分かりました」  布団をかぶったまま、健人さんが間から顔だけ出した。雪の精の「ゆきんこ」みたいな格好だなと思った。くすっと笑うと、健人さんが目を細めた。 「なんですか?」 「かわいい、と思って」  布団ごしに頭をなでると、健人さんがほっとしたようにはにかんだ。   *  冷凍庫から取り出したカップアイスをスプーンですくって、健人さんの口に近づける。健人さんは「ゆきんこ」のまま、俺の手からバニラアイスを食べた。  健人さんが当然のように「あーん」を受け入れてくれている今の状況が、とても嬉しくて、頬が緩んでしまう。 「バニラアイス、好きなんだね」 「はい。他の味も好きなんですが、病気の時は結局バニラを食べたくなってしまうんですよね」  あまりにも美味しそうに食べるから、俺も一口食べてしまおうかと思ったけど、「病気の僕とスプーンを共有するなんて馬鹿なんですか!」ってまた顔を引っ込められそうだから我慢した。 「またひとつ、健人さんの好きなものが知れて嬉しいな。健人さん、いつも俺のことばっかり優先してくれるからさ。俺、もっと健人さんの好きなものとか、好きなこととか、聞きたい」  健人さんは目を見開いたあと、まばたきして、恥ずかしそうに微笑んだ。 「悠里が喜んでくれて良かったです。僕が元気になったら、どこかに出かけましょう」 「うん。健人さんが好きな場所に連れてってよ」 「じゃあ水族館ですかね。イルカショー、久しぶりに観たいです」 「いいね。最前列でさ、一緒に水浸しになろうよ。あ、でも、また風邪ひいたら困るね」  俺が笑えば、健人さんは茶目っ気のある笑顔を浮かべた。 「その時はまた、悠里が看病しにきてくれるんでしょう?」 「もちろん」  答えながら胸を張る。 「それなら、安心です」  健人さんが、心の底から嬉しそうに笑った。

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