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ショートケーキを召し上がれ 7

  ※  僕の左側にいる悠里が、ソファから立ち上がった。 「全部美味しすぎる。何杯でもご飯食べられる」  左手にお茶碗を持っている。三度目のおかわりに向かうようだ。悠里の嬉々とした顔を見て、「ケーキもありますから、余裕残しておいてくださいね」という言葉が引っ込んだ。  悠里の分として盛り付けた皿はとっくに空っぽで、おかわり分も、皿の底が見えてきた。  こんなに喜んで食べてもらえると、なんだか、僕まで肯定してもらえたような気分になる。 「健人さん、どうしたの?」  皿に向けていた視線を上げると、悠里がきょとんとした顔で僕を見ていた。 「僕の料理をたくさん食べてくれて嬉しいなあって思ってたんです」 「俺のために、こんなに作ってくれてありがと」  悠里が照れ臭そうに微笑んだ。僕の耳にしか聞こえない、「ずぎゅん」という音がした。胸が撃ち抜かれた音だ。  ――好きすぎて、心臓が壊れそう。 「作った甲斐がありました。もっと食べてくださいね」  平静を装って箸を持つが、僕の手は小刻みに震えていた。 「健人さん、大好きだよ」  不意打ちを食らって、「ずぎゅん」が来た。力が抜け、箸がテーブルの上に転がり落ちた。   ※  料理を食べ終え、片付けたテーブルにケーキの箱をそっと乗せる。 「お誕生日おめでとうございます。悠里」 「これは?」 「開けてみてください」  僕にちらちらと視線を送りながら箱を開いた悠里だが、中身を見た瞬間、顔を輝かせた。 「ホールケーキだ!」  悠里がアルミのトレイを引き、ケーキを箱の外に出していく。サイズは五号。生クリームで覆われたスポンジケーキの上に、真っ赤な苺が敷き詰められている。真ん中のチョコレートプレートには、「ゆうりくん 誕生日おめでとう」の文字。 「ホールケーキもチョコのプレートも、久しぶりに見た。母さんと二人になってから、ピースでしか買わなくなったから。健人さんありがとう!」  悠里の満面の笑みを見て、安心した。父親との思い出であるケーキを見て、悲しい気持ちにさせてしまったらどうしようと思ったが、喜んでもらえて良かった。 「どういたしまして。これ全部、一人で食べていいですよ」  悠里が目を丸くして、僕に視線を向けてきた。 「……この前の話、覚えててくれたんだ」 「当然です。僕は悠里のことが大好きなんですから」 「ありがとう」  顔を真っ赤にして俯く。悠里はどんな表情をしていてもかわいい。自然と笑みがこぼれる。 「お茶入れてきますね。紅茶とコーヒーどちらがいいですか?」 「紅茶がいい」  思わずにんまりしそうになるのを押し殺した。 「分かりました」  そう言うと思って、少々値が張る茶葉を用意しておいたのだ。キッチンスペースに向かい、戸棚から缶とティーポットを取り出す。悠里は味の違いに気づくかな。電気ケトルに水を注ぎながら考える。シンクの上の窓に反射する僕の顔は、誰にも見せられないくらい、ぐずぐずに溶けていた。

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