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一生分のしあわせ 4
*
時が流れ、ついに待ちに待った健人さんの誕生日をむかえた。大学の授業終わりにバス停で待ち合わせして、四十分ほどバスに揺られる。旅館に着いた頃には、六時を回っていた。和室に宿泊用の荷物を置き、風呂より先に夕食のバイキングを楽しむことにした。
「こんな立派な建物に、豪華な食事。高かったでしょう?」
健人さんが身体を小さくして夕食会場をきょろきょろと見回している。
「誕生日祝いだから。今日の主役がお金のこと気にしちゃダメだよ。誕生日おめでとう!」
「う、嬉しいです。本当にありがとうございます」
健人さんが目に涙を溜めている。そんなに喜んでくれるなら、アルバイトを頑張ってお金を貯めた甲斐がある。旅館に着いてから十五分しか経っていないけれど、連れてきて良かったなあと思った。
部屋に戻ると、布団が二組敷いてあった。付かず離れずの場所だったので、俺たちはカップルではなく友人関係に見えたのだろう。ほっとしつつも少しだけ寂しい気持ちになった。
「どうしたの?」
浴衣を手に、何やら悩んでいる様子の健人さんに声をかけると、びくっと肩を震わせたあと、俺の方を向いた。
「いつ着替えようかと思って……」
「お風呂、行く?」
健人さんが俯いた。
「もうちょっと経ってからにします。今はお腹いっぱいで動けません」
「そうだね。俺も少し休みたい。でも、三十分後に貸切風呂予約してあるから、その時間になったら俺は行くよ」
「え。わざわざ予約したんですか? 僕たちは同性だから、そんなことしなくても同じお風呂に入れるじゃないですか」
「同じお風呂に入る気ないくせに」
ぼそっと呟くと、健人さんが「うっ」と言いながら胸を押さえた。
「他のお客さんがいない方がゆっくりできるかと思って。露天風呂なんだって。一時間使えるから、三十分ずつ入ろう」
「僕がそのお風呂に入ってる間、悠里はどうしてるんですか?」
健人さんは、相変わらず俺と目を合わせないまま話す。
「大浴場に行くよ」
「大浴場……」
俺の言葉を反復して、少し黙った。そして、俺をキッとにらんだ。
「だめです。悠里の裸は僕のものです」
「……何を想像したのか分からないけど、俺の体は俺のものだからね?」
呆れて言い返すと、健人さんが俺の方を見たまま、眉間にしわを寄せた。一つ深呼吸をしたあと、苦渋の決断という感じで言葉を吐き出した。
「分かりました。貸切風呂、行きましょう。……二人で」
「ほんと!? やったー!」
気が変わらないうちに、と俺は健人さんの左腕に自分の右腕を絡ませる。
「早く行こ」
「三十分後でしょ? まだまだですよ」
「えー。早く健人さんとお風呂入りたいな」
腕に力を込めると、健人さんが再び俯いた。
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