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嫉妬トライアングル 4
「信じてるつもりでした。でも、僕はここ数年で出会っただけの人間ですし、物心つく前からのお付き合いの奥田さんと比べたら、魅力が劣るのではと思って」
「馬鹿じゃないの」
吐き捨てるような低い声だった。奥田さんが僕のことをにらみつけていた。ひゅっと喉の奥が鳴る。
「つのちゃんがそんな態度なんだったらね、本気出して悠里のこと誘惑するよ。これから何年かかっても構わない。もう十年以上片想いしてるんだから、あと数年増えたってあたしは問題ないし」
「やだ、だめです、絶対にやだ。悠里をとらないで」
止まりかけていた涙が再度あふれてきた。奥田さんにポケットティッシュを投げようとしたが、コントロールがきかず、テーブルの真ん中にべしょっと無様に落ちた。奥田さんがそれを拾い上げながらため息をつく。
「それなら、もっと堂々としてなさいよ。悠里にね、『姉ちゃんは姉ちゃんとしか見られないから、ごめん。気持ちにずっと気づかなくてごめん。俺、健人さんと一緒にいる未来しか考えられないから、姉ちゃんとは付き合えない』ってすっぱりフラれたよ。あたしがずっとずっと好きだった人に選ばれたんだから、自信持てよ馬鹿。『僕が悠里を幸せにします』くらい言ってみろ。そうじゃないと、あたしが救われない。こんなウジウジしたやつにとられたんだ、って思うと、はらわたが煮えくり返って、悠里のこと、諦められなくなる」
奥田さんが、ジョッキに残っていたビールを一気に飲み干し、「すみません、生ビールもう一杯ください」と手を上げた。俯くと、自分のジョッキが目に入る。僕のビールは、ほとんど提供された状態のまま残っている。息を吐き出して、ジョッキを傾けた。ほろ苦い炭酸が喉に刺さる。液体が食道を通り、胃に落ちていく感覚があった。
視線を感じてそちらを向くと、奥田さんが驚いた顔で僕を見つめていた。その目はまるで、小動物のようにまんまるで黒々としていて、奥田さんはとても素直な人間なのだろうなと思った。
ジョッキを空にし、テーブルに置いたと同時に、奥田さんの目を見て宣言した。
「僕は悠里を愛しています。一生愛します。来世も絶対に悠里を好きになると思います。だから、奥田さんに悠里は渡せません」
その瞬間、ぐらりと体が傾 いだ。
俯いたまま手を上げて、店員を呼ぶ。
「烏龍茶、一杯ください……」
「かっこつかないなぁ」
奥田さんが、ぶはっと吹き出した。
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