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嫉妬トライアングル 5
「つのちゃん、お酒苦手なら無理して飲まなくても良かったのに」
「いえ。奥田さんに男気があるところを見せたかったので。それに、いつもはこんなに早く酔わないのですが。急にたくさん飲んでしまったからでしょうか」
烏龍茶をちびちび飲みながら答えると、「今、全然男らしくないんだけど」と笑われる。奥田さんが、ふっと儚げな表情を見せた。
「あたしさ、ずっと怖かったんだと思う。悠里がもっと大人になってから、とか、あたしがもっと稼げるようになってから、とか、言い訳ばっかりで、全然悠里との関係を進めようとしなかった。悪い方に変わる可能性が少しでもあるなら、今のぬるま湯みたいな環境でずっと過ごしていきたい、あわよくば悠里の方から告白してくれないかなって、ずるいことばっかり考えてた。だから、横から取られるんだよ。自業自得だよね」
奥田さんが寂しそうに笑うから、どんな言葉を返せばいいのか分からない。烏龍茶を飲んで、口をふさいだ。
「悠里ってさ、人の気持ちに敏感なくせに、自分に対する好意には気づかないんだよね。悠里、本当はモテるのに、『俺を好きになる子なんていないよ』っていつも言ってた」
バレンタインデー、紙袋いっぱいにプレゼントをもらってきたくせに、「全部義理チョコだよ」と屈託なく笑う悠里を思い出した。
「言われてみれば、そうですね」
「昔、あたしが中学生で、悠里が小学生だった時、悠里から恋愛相談されたことがあったの。当時悠里には好きな女の子がいてさ、『でもその子は、なんとかくんのことが好きなんだよ』って寂しそうに教えてくれた。『だからおれ、おうえんしてあげるんだ。それがその子のしあわせだから』って笑った顔が切なくて。今でも覚えてる。悠里はね、そういう子なんだよ。その時、『あたしにしなよ』って言えてたら、今の関係は違ってたのかな」
何も言えなかった。もし、悠里が奥田さんと付き合っていたとしたら。僕はきっと悠里を好きにはならなかっただろう。そもそも、僕が家庭教師として雇われることはなかったかもしれない。悠里と出会うこともなかったかもしれないと考えると、すごく怖くなった。
奥田さんは、僕の返事を待たずに話を続けていく。
「悠里は恋愛に関しては鈍いからさ、ちょっと安心してたとこもあった。彼女はできないだろうって。でも、とられちゃった。あたしがぐずぐずしてる間に、どこの馬の骨かも分からないようなつのちゃんに!」
「僕は馬の骨ですか……」
ショックを受けて、ジトッと奥田さんを見つめる。
「だって、女の子ならまだしも、男にとられるとは思わないじゃん!」
言いながら唇を尖らせた。不満を表す時の表情が悠里そっくりで、二人が共有した時間の長さを嫌でも感じてしまう。気にしても仕方がないことは分かっている。それでも、胸の奥が痛んだ。
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