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嫉妬トライアングル 7
キャベツの塩昆布和え、串焼き盛り合わせ、刺身盛り合わせ。注文した料理が出揃ったタイミングで、奥田さんが静かに話し始めた。
「直接的には伝えられなかったけど、あたしだって少しは悠里にアピールしてるつもりだった。毎年のバレンタインデーもそうだし、週に何回かは、悠里の帰宅時間に合わせて外に出て、偶然を装って立ち話したりもした。『好き』とは言えなかったけど、悠里を大事に思ってる気持ちを伝えたこともある。でもその時、悠里は『ありがとう、嬉しい』って笑うだけだった。友達に向ける笑顔と同じ。あたしが悠里のことを好きだなんて、これっぽっちも思ってないような顔で、笑うの。それを見たら、告白なんてできないじゃない……」
「そうだったんですか」
確かに、僕が勝手に嫉妬して、奥田さんを引き合いに出した時、悠里はピンときていなかった。悠里の照れた顔も、拗ねた顔も、キスをねだってくる時の顔も、奥田さんは知らないのだと思ったら、心が軽くなった。それが表情に出てしまっていたのかもしれない。
「……その反応。つのちゃんは違うんだね。悠里の特別な表情を見てるんだね。ジェラシー感じるわ」
奥田さんがとても深いため息をついた。
「すみません。でも、悠里は好意を示してくれていましたが、付き合う前は僕が悠里のことを好きだなんて、微塵も思っていなかったと思います。告白されて、僕も好きだと伝えた時、すごく驚いていましたから」
「悠里はさ、多分怖いんだと思う」
奥田さんがぽつりと言う。
「怖い?」
「うん。あの子はかなりポジティブで人懐っこくて、強いように見えるけど、本当は自分が愛される自信がないんじゃないかなと思う」
奥田さんは、手元のマグロの刺身に視線を落としているため、どんな表情をしているか僕には分からない。わさびを溶かした醤油にくぐらせてから、ぽいぽい口に放り込んでいくのを見て、奥田さんにセロトニンが分泌されていますように、と祈った。
「悠里も自信がないってことですか?」
「うん。だから、やりすぎかなって思うくらい好意を伝えていかないと、悠里は気づかないよ。『俺に付き合わせるのは申し訳ないから別れよう』とか、そのうち言われちゃうかもよ。あの子、変なとこ真面目だからさ」
「誰よりも悠里を愛している自信はあります」
胸を張って答えた。奥田さんが僕の目を見てため息をついた。
「あら、そーですか」
抑揚のない声で相槌を打たれる。
「それにしても、奥田さんは悠里のことを、よく見てるんですね」
思ったことをぽろっと口にしたら、奥田さんの目がつり上がった。
「何言ってんの! 何年越しの片思いだと思ってんのよ。つのちゃんの『たった一年』とは違うのよ!」
「本当にすみません。失言でした」
「申し訳ないと思うなら、悠里と別れてよ」
「申し訳ないとは思っていますが、その相談には乗れません。僕の人生には悠里が必要なんです」
奥田さんが喉の奥で唸ってから、ビールを飲み込んだ。
「もし、つのちゃんが何かの拍子に悠里と別れたら、すぐに横からかっさらってやるんだから」
「それはありえないので、可及的速やかに新しい恋を見つけてください」
「何なの、結局自信満々じゃん。腹立つ」
今度は睨まれた。悠里と同じように表情がくるくる変わる。似たもの同士で惹かれたのか、奥田さんが悠里に影響されたのか。
「悠里の方はどうだか分かりませんが、僕はもう悠里なしでは生きられません。僕が悠里を手放すのは、僕が死んだ時だけです」
奥田さんをまっすぐ見つめながら答えると、奥田さんの瞳が揺れた。
「へー、すごい自信。相当好きなんだね」
「はい」
即答する。
「重すぎる愛は嫌われるよ?」
奥田さんが、口の端をくいっと上げて笑った。
「は、はい。気をつけます……」
そこで会話が途切れ、手持ち無沙汰から烏龍茶を一気に飲み干した。
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