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嫉妬トライアングル 8
「つのちゃん、元気になったね。また飲めるっしょ? レモンサワーでいい? いいよね? すみませーん、レモンサワー二つくださーい」
止める間もなく、奥田さんが勝手に注文してしまった。
「奥田さん、僕を酔わせてどうしたいんですか?」
「は? つのちゃんを酔わせても何も面白くないけど? 悠里なら喜んで介抱してあげるけどね、つのちゃんはライバルだからね、してあげなーい」
奥田さんが自分の顔の前で腕をクロスして、ばつ印を作った。ため息が漏れる。
「飲み過ぎじゃないですか?」
「えー、まだビール二杯しか飲んでないよ。あたしも飲むから付き合ってよー。ノロケ話ばっかでさ、まだつのちゃんに慰めてもらってないし」
「まあ、そうですね……」
「あ、きたきた。カンパーイ」
店員の手からグラスを奪い取るようにした奥田さんが、こちらにレモンサワーを持った腕を伸ばしてくる。店員と目が合い、苦笑したのち、グラスを合わせた。
「まだまだ飲むぞー!」
「ほどほどにお願いしますね!」
今でもハイテンションなのに、もし奥田さんがこのまま飲み続けたら、きっと面倒なことになるのだろうな、と考えたら憂鬱な気分になった。
※
案の定、酔った奥田さんがくだを巻き始めた。
「絶対きれいになってやる。だから、お見舞い金ちょうだい」
「なぜ『だから』と順接なのか、意味が分かりませんが」
「つのちゃんが悠里と付き合い始めたせいで失恋したんだから、要求する権利はあるはずよ」
「はあ」
「美容院でしょ。エステサロンでしょ。それから――」
奥田さんが指折り数え始めたので、慌てて止めに入る。
「待ってください。学生にお金をせびる気ですか!?」
「そっか、まだつのちゃん学生だった。学生からはさすがにもらえないよねえ……」
ほっと一息ついた瞬間、奥田さんがニヤリと笑った。
「社会人になるまで待つよ」
レモンサワーのグラスに手をかけたまま、固まってしまった。
「つのちゃんが社会人になったら払ってもらう」
「え、待ってください。えっ?」
「とりあえず、そこまで悠里と続いてなかったらぶっ飛ばす」
「その件に関しては問題ありません。大丈夫です」
きっぱりと言い切ると、奥田さんが顔をしかめた。
「何、その『キリッ』とした顔! あたし振られたんだよ? ちょっとは遠慮しなさいよ!」
奥田さんが、僕に見せつけるように酒臭い息を吐いた後、「分かった」と呟いた。
「あたしにお金払ってくれたら、悠里の小さい時の写真を売ってあげる。それでどう?」
「えっ」
思わず声がうわずった。悠里の幼少期の写真。僕が出会う前の悠里の写真。
「一枚百円で」
奥田さんが手のひらを上に向け、僕に差し出してくる。僕は、鞄から財布を出し、奥田さんの手に一万円札を乗せた。息をのむ気配がしたので顔を上げれば、奥田さんが、ぎょっとした顔で固まっていた。なぜなのだろう。提案してきたのは奥田さんなのに。
「一枚百円ってことは、一万円で百枚買えますよね。できれば〇歳から十八歳まで満遍なくください。奥田さんとのツーショットの場合は、トリミングして悠里のところだけください。それと――」
「待て待て待て」
奥田さんが僕の話を遮って、一万円札を僕の目の前に置いた。
「冗談だから。これ返すね。さすがに人の写真を売るなんてできないよ」
「じょうだん……? 写真、買えないってことですか?」
――今でもかわいい悠里の幼少期なんて、絶対かわいいに決まってるのに、それを手に入れる機会を失ってしまった。
悲しい気持ちが胸に広がって、俯いた。
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