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嫉妬トライアングル 10
「はい。また悠里の写真見せてくださいね」
「やっぱりそっち目当てか! ま、いいけど。今度アルバム持ってきてあげるから、奢って」
「分かりました! なんでもごちそうします」
元気よく答えると、奥田さんが深いため息をついた。
「あたしにお見舞い金払うのは渋ったのに、ここは即答かい!」
「当たり前じゃないですか。悠里に使うお金は惜しくないです」
「悠里には一円も入らないけどね」
「悠里の情報を得るためのお金なので、僕の中では『悠里に使う』という認識です」
「やっぱりつのちゃんって面白い。今日の何時間かで好きになっちゃった」
好き、という言葉に急に不安になる。奥田さんの矢印が僕に向いたら困る。
「間違っても僕に恋愛感情は抱かないでくださいね。僕は一生心変わりしませんし、奥田さんが時間を無駄にするだけですから」
「むかつくなー。つのちゃんのことなんか好きにならないよ! 誰か紹介してよ。大学にいい人いないの?」
「紹介できる人はいません。友達いないので」
「えっ、なんかごめん」
奥田さんが両手を口に当てて、まばたきを繰り返した。友達いない人なんているんだ、と言われているような気がした。
「謝られる方が傷つくのですが……」
その時、鞄の中に入れていた僕のスマートフォンが震え出した。画面に表示された「田丸悠里」という文字を見て、息をのむ。
「どうした? 電話?」
「はい。ちょっと外に出てきます」
立ち上がろうとしたところ、手首をつかまれ、また椅子に座ってしまう。
「何するんですか!?」
「なんだ、悠里じゃん。ここで出なよ」
画面が見えたのだろう、奥田さんがにやにや笑っている。僕を引き留めるこの手は離してくれそうにない。電話は今すぐにでも切れてしまうかもしれない。僕は諦めて通話ボタンを押し、スマートフォンを耳に当てた。
「どうしましたか?」
「あ、出た。俺の方の予定は終わったし、二人きりになりたいって言ってたから電話してみたんだけど。健人さんの夜の用事は終わったの?」
「いえ、まだ」
「そうなんだ。今どこ?」
「駅前の居酒屋です」
「えっ、珍しい。同窓会とか?」
返答に窮していると、横からスマートフォンを奪われた。
「ちょっ、返してくださいっ!」
手を伸ばすが、身軽にかわした奥田さんが勝手に話し始めてしまった。
「やっほー」
奥田さんが、スピーカーホンにして、僕のスマートフォンをテーブルの真ん中に置く。五秒ほどの沈黙のあと、訝しげな悠里の声が聞こえた。
「かおり姉ちゃん?」
「大正解!」
「なんで姉ちゃんが健人さんと一緒にいるの?」
感情をおさえて話しているものの、悠里の声には困惑と怒りがにじんでいた。それに気づいているのかいないのか、奥田さんは平然と話を続ける。
「あたしがフラれたから、慰めてもらってんの。悠里も来る?」
「俺のせい?」
悠里が言葉に詰まった。
「奥田さん、そんな言い方することないでしょう!? 僕には何を言っても構いませんけど、悠里のことは傷つけないでください!」
「健人さんも、俺が姉ちゃんに告られたこと、知ってるんだね。それなのに二人で一緒にいるんだ。ふうん。夜の用事って、そういうことだったの……。二人とも大っ嫌い」
悠里の声がぶつりと途切れた。
「悠里? 悠里っ!」
慌てて呼びかけるがもう遅い。電話は切れていた。
大っ嫌い。悠里の言葉が耳にこびりついて離れない。頭を抱えた。じわりと涙が目に溜まっていく。
「なんてことしてくれたんですか。悠里にフラれたら、僕、もう生きていけません……」
奥田さんは悪びれもせずに言う。
「でも、どうするつもりだったの? あたしと一緒にいることを隠したら、この場はしのげるかもしれないけど、後から嘘ついたってバレたらその方が大変だよ? 悠里の信頼、一気に失うよ?」
元はと言えば、奥田さんが僕を呼び出したせいじゃないか。もちろん承諾してしまった僕も悪いけれど。文句をぐっと飲み込む。今はそんなことよりも悠里だ。
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