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嫉妬トライアングル 11
「謝ってきます」
荷物を持ち、スマートフォンで電話をかけながら席を立つ。今度は引き留められなかった。
「今日はありがとね。またね。……ごめんね。仲直りできるといいね」
「今日はご馳走様でした。また連絡します」
奥田さんの声に軽く答え、店を飛び出した。悠里は電話に出ない。メッセージを送る。
『さっきはごめんなさい今から会えませんか』
間髪を入れずに電話をかける。永遠にも思えるコール音を聞きながら、視界が涙で歪んだ。
――悠里、出て。お願い。せめて謝るチャンスをください。このまま会わないでお別れなんて嫌だ。
タクシーを探す時間ですらもったいなく感じ、耳にスマートフォンを当てながら走り始めた。目的地はもちろん、悠里の家だ。駅から僕の家までは徒歩二十分だから、走って行けば十五分くらいだろうか。
すぐに息が上がる。立ち止まってしまいたくなる。だけど、悠里に会いたい一心で足を懸命に前に動かした。
何十回呼び出し音を聞いただろう。
「……はい」
不意に悠里の声に切り替わった時、僕は安堵で崩れ落ちそうになった。
「しつこいよ。何?」
すごく不機嫌そうだ。だが、悠里は僕の電話に出てくれた。言葉を発したい。だけど酸素が足りない。はあはあ、と荒い呼吸を繰り返すだけの僕に、悠里はしびれをきらしたようだった。
「何も言わないなら切るよ」
「待っ……て、くだ、さ。走って、呼吸、が」
「今、外?」
「は、はい」
「姉ちゃんと一緒じゃないの?」
「僕だけ、出て、き、ました」
「なんで?」
「悠里に、謝り、たくて」
悠里が沈黙した。僕のみっともない呼吸が、地面を蹴る音が、悠里の耳に入ってしまっていると思うと、恥ずかしくなって、うまく息が吸えなくなった。
「もしかして走ってるの?」
そうです。答えたいのに、ひゅーひゅーと喉が鳴るばかりで、呼吸がままならない。街路樹の根本に座り込んだ。通行人が舌打ちをして通り過ぎていく。
「健人さん? 健人さん! ちゃんと息して! 吐いて、吸って、吐いて、吸って」
悠里の言葉に合わせているうちに、息が整ってきた。もう一度深呼吸してから、言葉を発する。
「もう、大丈夫です。ありがとうございます」
「ん。良かった」
「悠里。ごめんなさい」
「なんで今日、姉ちゃんと一緒にいたの?」
そこには僕を責めるような響きはもうなかった。立ち上がり、ゆっくりと歩きながら話し始める。
「昨日、奥田さんから電話をもらいました。『悠里に告白していいか。フラれる予定だから、夜に慰めてもらいたい』と」
「うん」
悠里が最小限の相槌を打った。僕の話をじっくり聞いてくれるつもりなのだろう。
「それを断るのは、僕が悠里を信じていないことになるのではないかと思って、承諾しました。だけど、本当は、昨日の夜からずっと不安でした」
声が震える。僕がこんなことを考えていたと知られたら、本当に嫌われるかもしれない。それでも、悠里には嘘をつきたくなかった。
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