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15センチではないけれど 4

  ◆  六月に入り、一年生の歓迎会を兼ねた飲み会が開かれた。先生方も呼ぶような、教育学部の大きな飲み会なのだが、大学の学食を貸し切り、オードブルや飲み物を持ち込んで行う慎ましいものだ。椅子に座ると人が入りきらないので、立食形式のパーティーだ。  飲み会を仕切る三年生と、歓迎される一年生は強制参加。二年生と四年生、それから院生は任意参加となっている。  コンパ係のわたしと角巻くんは、今日のために何ヶ月も前から準備を進めてきた。今はみんな自由に飲み食いしている状態で、ようやくほっと一息つけた。  角巻くんはどこにいるかと首を動かせば、部屋の片隅で、一人たたずんでいる姿を見つけた。  プラスチックコップを二つ出し、ビールと烏龍茶を注ぎ、両手に持つ。彼の方向に足を踏み出した時、角巻くんが相好を崩して肩の前で小さく手を振り始めた。わたしに向かってではない。驚いた。わたしが知る角巻くんは、離れた人に向かって笑顔で手を振るような人間ではない。  その視線の先に何が映っていたのか確かめたかったけれど、わたしの目が動いたのは、角巻くんが完全に手を下ろした後で、彼の顔が一年生が集まっているテーブルに向けられていることしか分からなかった。 「角巻くん」 「お疲れ様です」  近づいて声をかけると、いつものように微笑みを返してくれる。 「ビールと烏龍茶。好きな方、取って」  コップを持った両手を差し出した。角巻くんが選んだのは、ビールだった。 「わざわざ持ってきてくださったんですね。ありがとうございます」  わたしが隣にいるのに、すぐにまた一年生の方を見ようとするのが面白くなくて、角巻くんの正面に立った。 「さっき、手振ってるとこ見たよ。知り合いでもいた?」  角巻くんの顔が一瞬で赤くなる。目を泳がせ、口元を手で覆う。 「あ、いや。あの……はい」  わたしと目を合わせてくれない。とても小さな声だった。  ――何、それ。なんでそんなに動揺してるの? ずっと一緒にいるのに、そんな顔見たことない。もしかして。 「恋人?」  わたしの短い問いに、角巻くんが頷きだけで答えた。 「そうなんだ」  角巻くんは赤い顔のまま、喉を鳴らしてビールを飲んでいる。  一年生の集団に目を向ける。角巻くんの心を射止めた子があの中にいるのだ。誰だろう。角巻くんと同じくらいの背の高さの女子がいれば一瞬で見つけられると思うのだが、それらしき姿は見えない。あそこに向かって手を振っていたと思ったのは気のせいだったのだろうか。 「飲み物、取ってきます」  角巻くんが、いつの間にか空になったコップを小さく振って、この場を立ち去ろうとする。まるでわたしから逃げようとしているみたいに見えて、思わず彼のシャツをつかんだ。 「待って。話があるの。外のベンチで話さない?」

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