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15センチではないけれど 5

 建物から出てすぐ正面にあるベンチに、学食の入口を見るように二人で横並びで座る。初夏とはいえ、夜風は少し冷たい。 「話って何ですか?」 「彼女、のことなんだけど――」  わたしが言いかけた時、まっすぐ前を見ていた角巻くんが、急に立ち上がった。 「悠里?」 「健人さーん」  学食から出てきた男の子が、こちらに向かって手を振りながら近づいてくる。その男の子は、角巻くんの隣に座るわたしの姿を見つけると、ぴたりと足を止めた。目だけをせわしなく動かして、わたしと角巻くんを交互に見て、一瞬顔を曇らせた。でも、すぐに笑顔を作って「お邪魔しました!」ときびすを返して走り出した。 「待っ――」  追いかけようとする角巻くんの手首を反射的に握った。男の子が学食に戻ったのを見届けた角巻くんは、力が抜けたようにベンチにすとんと腰を下ろした。この場にいることを選んでくれたのだ。ほっとして握っていた手を離すと、角巻くんが祈るように両手を組んで、俯いた。 「絶対に誤解させた……。早く説明しに行きたい。僕はいつもこうだ。大切にしたいのに、悠里を傷つけてしまう」  ぶつぶつ呟く角巻くんの目元は濡れていた。苦しそうに大きく肩が上下した。  ――泣いてる。角巻くんにこんな顔させるなんて、あの子は何者なの?  ふっと角巻くんの口元が緩んだ。わたしの考えていることが分かったかのように、諦めたような笑顔を浮かべながら、わたしを見た。 「あの人が、僕の恋人です」  恋人、と聞いて耳を疑った。そして、自分の目も疑った。あの子を男の子だと思ったわたしが間違っていたのか。 「すごくボーイッシュな子だね?」  角巻くんが首を横に振る。 「『ボーイッシュ』ではありません。『ボーイ』ですから」  角巻くんは、深く息を吐いてから言葉を続けた。 「僕の恋人は、男です」  脳が一瞬理解を拒んだ。乾いた笑い声が漏れる。 「はは、そうなんだ。じゃあ私の恋も実らないはずだね」  言うつもりのなかったことまで言ってしまう。  角巻くんが首を傾げた。  どうせ実らない恋なら、言ってスッキリしてしまおう。そう思った。 「わたし、高校一年生の時から、ずっと角巻くんのことが好きだった。今この瞬間も、角巻くんのことが好き。二人でいられて、ずっとドキドキしてる。気づいてた?」  角巻くんが目を伏せるから、言葉を聞かずとも答えが分かってしまった。 「申し訳ありません。気づきませんでした……」  しょんぼりとした声だった。こんなにずっと一緒にいたのに、意識していたのはわたしだけだったのだ。それをはっきりと見せつけられて、心がえぐられていく。

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