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酒+シャンプー+ワイシャツ=愛 5
※
重たい体をどうにか動かして、シャワーを浴び、着替えを済ませ、朝食の準備をする。今日はほうれん草と油揚げの味噌汁と、塩むすびでいいだろうか。寝不足と飲み過ぎのせいか、あまり食欲がない。きっと悠里も同じだろう。
コンロで味噌汁用のお湯を沸かしていると、後ろから「おはよう」というどんよりした声がした。振り向かずに口を動かす。
「気分はどうですか?」
昨日のことを思い出し、つっけんどんな声になる。
「頭痛い。最悪」
「僕もです」
深いため息が出て、悠里にアピールしたみたいになってしまった。悠里が僕の顔をのぞき込んできた。
「健人さん、そんなに飲んでたっけ?」
ふいっと悠里から目をそらす。
「人前で飲まない方がいいですよ。からみ酒でしたので」
「えっ、まじ?」
「やはり覚えていないのですね」
「ごめん。俺、何かやらかした?」
悠里が不安げに言う。
「……いえ。キスしかしてませんよ」
ほうれん草と油揚げを取りに冷蔵庫に近づくと、悠里が後ろをついてきた。
「何その間! 気になる!」
「本当にキスされただけなので、心配いりません」
悠里に背中を向けたまま話す。
「怒ってる?」
「怒ってません!」
大きな声が出た。
「怒ってるじゃん!」
悠里もつられて声量が上がる。
「怒ってませんよ! 逆に何もない方が悔しいというか、煽るだけ煽っておいて勝手に寝るなんて、悠里は意地悪だなと思っただけです」
これでは僕が欲求不満だと言っているようなものじゃないか。はっとして口をおさえるが、言葉は全て外に出てしまった後だった。
――僕も結構飲んだし、酔いが覚めていないのかもしれない。全然冷静じゃない。
平静を装い、まな板を出そうとした時、両肩をつかまれた。そして無理やり悠里の方を向かされる。
「酔っ払った俺、健人さんを『煽る』ほどやばいキスしたんだ」
悠里の声色が変わった。何かを企んでいる声だ。
「健人さん。続き、する?」
悠里が鍋の火を止めた。満面の笑み。目をそらせなくなる。さっきまで胸に渦巻いていた負の感情が消えていく。
自分の単純さに気づいて恥ずかしくなって、小声で断る。
「二日酔いなんでしょ。だめです」
「へーきだよ。真っ赤な顔でウルウルしてる健人さん見てたら、元気になっちゃった」
ほら、と自らの下半身を指さして、悠里が笑う。
「……馬鹿なんですか。ただの寝起きの生理現象でしょう? 僕は関係ない」
「健人さんのせいだよ。『煽る』とか言って、いろいろ想像させるから」
悠里には敵わない。いつもまっすぐに感情を向けてきて、本当に嬉しそうに笑うから。
「悠里」
「何?」
真面目な声色で呼びかけると、悠里の表情が引きしまった。
「僕は君のことが好きです」
「何をいまさら――」
悠里の言葉をさえぎるように話し続ける。
「気が狂いそうなほど悠里が好きですし、そんなことを言われると僕の心と体がもちません。でも、好きだからこそ、万全じゃない時の悠里は抱きたくないんです! 悠里を大事にしたいから」
「健人、さん……」
悠里がきらきらした瞳を僕に向けてきた。自分がとんでもないことを言ってしまったのではないか、と遅れて羞恥心がやってくる。
顔がほてり始めるのを感じ、悠里から離れようとするが、がっちりと肩をつかまれたせいで身動きできなかった。
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