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酒+シャンプー+ワイシャツ=愛 8
ミネラルウォーターが入ったマグカップを両手で持ちながら、ソファに座る悠里が俯いた。
「恥ずかしい」
「何がですか?」
「健人さんに、吐いてるところ見られた」
「他の人の前で醜態を晒さずに良かったですね。それにいまさらです。悠里の泣いてるところも、怒ってるところも、やきもち焼いているところも、全部見たことがありますし、それから、ベッドの上での――」
「ああ! もうやめて! 分かったから!」
悠里が顔を真っ赤にする。
「お風呂を沸かしましたので、入ってください」
「もしかして、ヤる気になった?」
期待に満ちた目を向けられ、狼狽した。
「違いますっ! お酒と吐瀉物のにおいを洗い流せってことです!」
「そっか……」
体を丸め、ひとまわり小さくなったように見える悠里から、目をそらした。誘ってくれる気持ちは嬉しいが、さっきまで吐いていて、体力を消耗しているであろう悠里を抱く気にはなれない。
「脱いだものは洗濯機に入れておいてください。さすがに酒くさい服は着たくないでしょう? うちには乾燥機がないので、申し訳ないですが今日は僕の服を着て過ごしてください」
弾かれるように顔を上げた悠里が、ぱちくりと目を丸くした。
「下着も?」
「下着は自分のを穿いてくださいよ! この前泊まった時に置いていきましたよね? 洗濯してあげました」
引き出しから取り出すと、悠里が駆け寄ってきた。
「あー! お気に入りのパンツ! ないと思ったら健人さんちにあったのか!」
「お気に入りなんだったら、ちゃんと自分で管理してください。結構穿き古した感じだったので、間違えて捨ててしまうところでした」
「えっ、だめだよ」
悠里が何の変哲もない黒のボクサーパンツを抱きしめるから、呆れ混じりの笑いが漏れた。
「それのどういうところがお気に入りなんですか? 普通の下着じゃないですか」
悠里がかあっと赤くなった。そんなに変なことを聞いてしまっただろうか。
「え、と……その。健人さんが――」
言いづらそうに悠里が目を泳がせる。
「なんです?」
「健人さんが、初めて俺に買ってくれたパンツだから」
「え? あ……」
悠里に下着をプレゼントした時なんてあったっけ、と考えて思い当たったのは、初めて悠里と旅行した時に間に合わせで買ったコンビニの下着だ。一日履いてあとはおしまい、というつもりで渡したのに、一年以上使っているとは思わなかった。
「そんなもの、『お気に入り』にしないでください!」
今度は僕が悠里から目をそらす番だった。
「もっといいのを買ってあげますから、それは処分してください」
「やだよ。俺にとっては宝物なの」
「……ミントタブレットのケースは勝手に捨てたくせに」
ミントタブレットのケースとは、ホワイトデーに悠里からもらった食べかけのミントタブレットの入れ物のことだ。初めて悠里からもらったプレゼントだったから嬉しくて、よすがとして大切に取っておいたのに、付き合いたての時に見つかって、悠里がゴミ箱に投げ捨ててしまったのだ。じっと見つめると、悠里が唇を尖らせた。
「それとこれとは別でしょ!? パンツは実用性があるものだけど、あれはゴミだった」
「僕にとっては宝物でした!」
「それはごめん。だけど、すごく恥ずかしかったから……」
「僕は現在進行形で恥ずかしいです!」
あの時悠里はこんな気持ちだったのかと思えば、あれを捨てられてしまったことも許せる――いや、人が大切にしている物を勝手に捨てるのはだめだろう――やっぱり許せなかった。
「風呂入ってくるね!」
僕の目を見て何かを察したのか、逃げるようにして悠里が風呂場に走って行く。僕は「もうっ!」と言いなから追いかけた。
「着替えは脱衣所に置いておきますからね!」
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