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酒+シャンプー+ワイシャツ=愛 9
風呂場から戻ってきた悠里は照れ臭そうにしていた。水色のストライプのシャツと、黒のチノパン。悠里が僕の服を着ている。さっきまで悠里に怒りを抱いていたというのに、胸が高鳴り、直視できなかった。
「彼シャツ、どうかな?」
悠里が目を伏せながら僕の前でターンを決めてくれる。
彼シャツ。彼氏のワイシャツを彼女が着ることで、ドキドキするっていうアレのことか。オーバーサイズの服を着ることによって相手がかわいく見えるということなのかと思っていたが、僕がいつも着ている服を悠里が着ているということ自体、そそられるものがあった。
「僕たちは身長差がないから、ピッタリでしたね」
照れ隠しにそう言うと、悠里ががっかりした声を出した。
「もっとなんか言うことないの? あー、手首のところにボタンがあるの慣れないなぁ。健人さん、こんなぴっちりした服、よく毎日着てるよね」
少しでも長くしようとしているのか、悠里が袖口をしきりに引っ張る。
悠里は普段だぼっとした服を好むから、締め付けが気になるのだろう。服を脱がせなくても腕や腰回りなどの身体のラインが見えるのが新鮮だった。
――ちらりと見え隠れする手首とか、意外としっかりした肩のラインとか、腰骨の高さとか……あああ、全部かわいいし全部かっこいい。感情があふれて止まらない。頭が爆発しそう。あの、えっと。
「控えめに言っても愛してる」
頭の中の声が外に出てしまった。
「なにそれ?」
悠里が首を傾げる。きゅん。僕はとっさに悠里の手を取り、自分の胸の中心部に押し付けた。心臓がどくどくとせわしなく動いている。
「今でさえこんな感じなので、これ以上かわいいことをされると、僕は死んでしまうかもしれません」
悠里の目を見つめる。悠里が真っ赤になって、下を向いた。ぼそっと呟く。
「死なないで。でも、嬉しい」
「どうして?」
「ドキドキしてるのは俺だけかと思ってたから」
「悠里が風呂場から出てきた瞬間からドキドキしっぱなしです」
胸に当てさせていた悠里の手をゆっくり下ろした。
「そんな風に見えなかったけど」
「恥ずかしかったので、必死に隠していました」
今度は、悠里が自分の意思で手を伸ばしてくる。後頭部に触れられ、反射的に体が跳ねた。顔が近づいてくる。うちのシャンプーの匂いがする。ぎゅっとわしづかみされたみたいに胸がしめつけられた。僕の唇に、悠里の唇がそっと重なった。
「今度からは隠さないで。健人さんが照れてるって分かった方が嬉しい」
たった数センチの距離で悠里が囁く。
「分かりました」
それしか言えなかった。悠里がむふふと笑って、吐息がかかる。近すぎて焦点が合わないまま悠里を見つめ続けていると、スルリと僕から離れていった。
「健人さん、今度俺の服着てみてよ。俺もそっち側の気持ち、味わいたい」
「機会があれば、ね」
僕は口元に手を当てながら答えた。悠里の服を僕が着たら、萌え袖になるかもしれない。そうなったら悠里は喜んでくれるのだろうか。想像しただけで緊張する。
悠里に背を向けようとして、さっき約束させられたことを思い出した。
「悠里の服を着るのは緊張します」
気持ちを言葉にすると、笑顔を向けられた。悠里の手のひらが僕の頭にぽすんと乗った。そのまま撫でられる。
「ちゃんと素直に言えて偉い。いい子いい子」
悠里の一連の行動に胸が貫かれ、僕はその場にうずくまった。
「死因が『悠里がかわいすぎることによるきゅん死』だったとしても、僕の人生に悔いはありません」
「俺は悔やみまくるから! 俺のせいで死ぬのはやめて!」
はたから聞いたら馬鹿馬鹿しくて呆れられそうな会話でも、悠里は真面目に付き合ってくれるから、悠里の前では自然体でいられる。とても心地よかった。好きで好きで好きで、たまらない。
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