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寄り添う体温 3
*
夕食を一緒に食べながら、アパートの更新期限が迫っていることを話すと、健人さんがおもむろに箸を置いた。俺の目を見ながら、ためらいがちに言う。
「……じゃあ一緒に住みませんか。今でもうちにしょっちゅう泊まりに来ているでしょう?」
声も表情も固かった。緊張しているのだなと思った。一緒に住むという選択肢が俺の中にないわけではなかった。だけどそれはまだ早いような気がして、すぐに頭から追い出した考えだった。
「ルームシェアってこと?」
俺も箸を置き、健人さんの顔を見る。健人がゆっくり首を横に振った。
「いえ。『ルームシェア』ではなく『同棲』です」
「同じじゃない?」
「僕の中では違う意味の単語です」
健人さんはそこで言葉を区切って、ミネストローネに視線を落とした。
「僕も新生活に慣れてきた頃ですし、そろそろ一緒に暮らしたいと思っていました。悠里がアパートで待っていてくれると考えるだけで頑張れます。今日も、外から自分の部屋に電気がついているのを見て、じんと胸が熱くなりました。これが毎日続いたらいいのに、と思いました」
健人さんが顔を上げて、俺の手を取った。俺はなんと言ったらいいか分からなくて、黙って健人さんを見つめた。最初は固かった健人さんの表情が少しずつ柔らかくなり、言葉に熱がこもっていく。
「ここは手狭なので、新しい場所を探しましょう。できればそれぞれの部屋、共有のリビングがあると嬉しいですね。学生と社会人では、どうしても生活リズムが異なりますから、お互い必要以上に気を遣わないで済むように。家賃や引っ越し代が心配なのであれば、僕が多めに払いますよ。いかがですか? 同棲しませんか?」
手から健人さんの体温が伝わってきた。「同棲」という言葉が、体温と一緒に俺の心にじわりと染み込んでくる。温かいのに、ずしりと重たい。
「そんなの、健人さんのメリットがないじゃん」
絞り出すように言うと、健人さんが眉をひそめた。
「メリット?」
「うん。俺は掃除も料理もできないし、お金もないし、すぐ怒るし、拗ねるし、俺と暮らしてもいいことないよ」
口を動かしながら、頭の片隅で俺は不安なんだなと思った。健人さんはなにかと俺にお金を渡したがるけど、対等ではない気がして申し訳ないし、健人さんが与えてくれる愛情の半分も返せていないように思う。そんな状態で一緒に住み始めたら、いずれ健人さんに愛想を尽かされてしまうのではないか。一週間に一回なら耐えられることも、毎日だったら我慢できないかもしれない。お互いのために、今のままの方がいいのではないか。
俺の考えが伝わってしまったのか、健人さんがきゅっと唇を結んだ。握られている手に力がこもる。ほんの少し、健人さんが泣きそうな顔をした。
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