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寄り添う体温 4

「一緒に暮らしていいことがないなんて、そんなわけありません! 悠里はいてくれるだけで僕の精神安定剤になります。家事ができるかどうかよりも、そっちの方が大事です」 「そんな、マスコットキャラみたいな扱いされても……」  健人さんから目をそらした。 「それに、掃除や料理は僕が好きでやっていることですので、悠里が気にやむ必要はありませんよ。どうしても負い目を感じるのであれば、皿洗いと風呂掃除を毎日してくれると助かります」 「……ちょっと考えさせて」  健人さんの顔は見ないまま答えた。一瞬、間が空いて健人さんのため息みたいな声が聞こえた。 「分かりました」  そのあとは二人ともほとんど喋らず夕食を終えた。疲れているだろうと思って、健人さんに先に風呂に入ってもらったら、俺が風呂から上がる頃にはもうベッドの隅で丸くなっていた。  健人さんを起こさないように、そっと布団をめくって潜り込む。俺が泊まりにくるようになってから、健人さんはベッドをシングルからダブルに買い替えた。「悠里が寝苦しくないように」だそうだ。こんなに広いベッドなのに、健人さんはいつもすみっこで小さくなっている。 「もっと真ん中で寝たら?」と言ったことがあるけれど、返ってきた言葉は「それだと悠里のスペースが狭くなるじゃないですか」だった。  いつでも、なんでも、俺のためなんだ。 「健人さんは、『悠里はいてくれるだけでいい』って言ってくれるけど、俺にそんな価値があるのかな」  背中に向かって、小さな声で呟く。健人さんが不意に寝返りを打ったから、起こしてしまったかと思って不安になった。目は閉じたままだった。ほっと胸をなでおろす。  眉間にしわが寄っている。眠っているのに苦しそうだ。  ――俺が健人さんの苦しみを全部引き受けられたらいいのにな。健人さんからはたくさん愛情を注いでもらっているから、それと同等にはならないかもしれないけれど、それでも、健人さんの力になりたい。 「おやすみ」  布団の中で手を繋ぐと、健人さんの顔つきが和らいだ。   *  次の日、吊り革につかまって電車に揺られながら、頭の中では、昨日の夕食時に健人さんから言われたことがぐるぐる回っていた。  駅まで送ってくれた健人さんは、「来週は悠里の家に行きますね」と微笑んだだけで、同棲の話には一切触れなかった。不自然なほどに、その話題は避けられていた。  多分、俺はまた健人さんを傷つけてしまったのだと思う。  俺はいつも自分のことばかりで、わがままだ。健人さんが優しいから全部受け止めてくれるだけで、俺の本質は高校生までと変わっていない。俺が健人さんのためにできることなんて、何もない気がする。  電車の中だということも忘れ、ため息をついてしまった。向かいに座る人の視線を感じ、恥ずかしくなって、咳払いでごまかした。  向かいの人が目を閉じたので、安心して再び思索にふけった。  一緒に住めたら、健人さんと共有できる時間が増える。それは嬉しい。でも、母さんにどう説明する? ただの友人関係ではないことは、なんとなく気づかれている気がするが、「同棲する」と言う勇気はなかった。「ルームシェアする」なら言えそうだが、その言い方は健人さんの気持ちを踏みにじることになるだろう。  スマートフォンで「同棲」を調べた。「一緒に住むこと。特に、婚姻関係にない恋人同士が生活を共にすること」と書いてある。  健人さんが「ルームシェアではなく同棲」だ、とこだわっていた理由は、これだろう。結婚という選択肢がない俺たちにとって、同棲とは結構重たい意味を持つのではないだろうか。健人さんは、一生俺と添い遂げる覚悟を持っているのではないか。もちろん俺も、できる限り長く健人さんのそばにいたいけれど、俺に健人さんほどの覚悟があるとは思えなかった。  ――同棲の件は一旦断ろう。健人さんは悲しむだろうが、中途半端な気持ちで健人さんの誘いに乗るのは失礼だと思う。  俺はスマートフォンを尻ポケットにしまった。降りる駅が近づいていた。

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