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寄り添う体温 5

  *  次の土曜日、健人さんは午後からうちにやってきた。いつ同棲の話を切り出そうかと悩んでいるうちに、夕飯も風呂も終わってしまった。  風呂上がりに部屋に戻ると、健人さんがマグカップを差し出してくれた。湯気が立ち上っている。においを嗅ぐ。甘いような、不思議なにおいだった。「ありがとう」と言ってカップを受け取ると、健人さんが微笑んだ。 「カモミールティーです。カフェインは入っていませんので、よく眠れると思いますよ」 「うん」  カップに触れた両手が温かい。俺はカップを持ったまま、床に置いてあるクッションの上に座った。健人さんが俺の隣に正座する。顔をのぞき込むようにして、話しかけてくる。 「悠里、大丈夫ですか? 今日ずっと上の空ですよ。僕に話せることであれば、なんでも言ってください」 「うん」  俺はカップの中身に視線を落とした。ふわりと香るカモミールから、健人さんの愛を感じる。一口飲んで、テーブルにカップを置いた。クッションをどかしてその場に正座をし、健人さんに向き合った。 「悠里?」  健人さんの瞳に不安が宿る。それに怯んでしまいそうになるが、息を吸い込んだ。 「同棲のこと、考えてみた。今はやめよう。とりあえず、俺が学生のうちは、このままの生活を続けたい、です……」  最後は小さな声になってしまった。 「そう、ですか」  健人さんが左手で眼鏡を上げた。そのまま手のひらで顔を覆ったから、表情が見えない。でも、健人さんを傷つけてしまった、とはっきり思った。  やっぱり今のなし、と言いたくなるのをこらえ、懸命に口を動かした。 「本当は俺も、一緒に住みたいよ。でも、お金の面でも家事の面でも健人さんの役に立てないのは嫌なんだ。健人さんは何もしなくていいって言ってくれるけど、やっぱり俺は気になる。与えられるばっかりで何もできてないな、俺から健人さんにあげられるものは何もないなって、どうしても不安になっちゃう」 「そんなこと――」 「分かってる」  健人さんの言葉をさえぎる。健人さんが、両手を自分の膝の上に置いた。目が潤んでいて、今にも泣きそうだ。俺は健人さんの頬に右手を添えた。健人さんがビクッと震える。いつかしてもらったみたいに、親指の腹で健人さんの鼻の横から頬に向かって目の下をなぞる。泣かないで、大丈夫だから。声に出さなくても、指から伝わったのだろうか。健人さんから焦燥の色が消えた。 「健人さんがそんなこと思うような人じゃないって、分かってるよ。だから、これは俺の問題。せめてお金の面だけでも対等でいたいって思うから、同棲は俺が社会人になってからにしたい。それまで、待っててくれる?」  じっと見つめながら問いかけると、健人さんが顔から力を抜いて、ふっと笑った。 「悠里は本当に優しいですね」  健人さんに触れている手に、左手が重ねられる。頬と手のひらに挟まれた俺の右手が、健人さんの体温と同じになっていく。 「同棲について真剣に考えてくれたことが十二分に伝わってきました。それだけですごく嬉しいです。悠里が決めたことなら、僕はそれに従います。待ってます。でも、これだけは知っておいてほしいです」  健人さんが俺の右手をつかんで自分の太ももの上に下ろした。指を絡めるように握られる。 「悠里。僕にあげられるものは何もないと言っていましたが、それは間違いです。もう十分すぎるほど――それこそ僕の方が一生かかっても返せないのではないかと思うほど、もらっています」  首を傾げると、わしゃわしゃと頭を撫でられた。気持ちいいけど子供扱いされているみたいで恥ずかしい。

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