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寄り添う体温 6
「悠里に出会う前、僕は何もかもどうでもいいと思っていました。どうせ誰も僕の本質など見てくれないとふてくされていました。でも、悠里は踏み込んできてくれた。『先生のおかげ』と何度も言ってくれました」
健人さんの目が細くなった。いつも以上に優しくて心地のいい声で、語りかけるように喋った。
「悠里は、僕の声を絶対に無視しなかったし、僕の言うことを素直に聞いて、結果を出してくれました。僕でも誰かの役に立てるんだ、僕も希望を持っていいんだって、僕のことを必要としてくれる人がいるんだって、思えました。誰かのために尽くすのがこんなに気持ちの良いことだと気づかせてくれたのも悠里です」
胸が熱くなった。繋いだ手に力を込めると、健人さんが静かに微笑んだ。
「悠里はいつも、まっすぐに僕を見てくれました。何もかも見透かされそうで怖いと思った日もあります。でも今は違う。僕がどんなに感情をあらわにしても悠里は揺らがないから、そんなことで悠里は僕のことを嫌いにならないって信じられるから、悠里の前では自然体でいられる。そんな存在、悠里以外にはいません。かけがえのない人に出会えて、僕の人生は変わりました。だから、悠里。君は僕を一生分救っているんです。僕はその恩を悠里に返しているだけです」
健人さんの慈愛に満ちた目を見ているうちに、全身がぽかぽかしてきた。体の熱が、涙として込み上げてくる。
「俺だって――」
言葉に詰まった。健人さんが驚いたようにまばたきを繰り返した。鼻をすすってから続ける。
「俺だって同じだよ。高校生の頃の俺は、バカでどうしようもないと思われてたし、自分でも思ってた。そんな俺が今A大に通えてるのは、俺のことを『やればできる』って最初から信じてくれてた健人さんのおかげなんだよ。健人さんと出会えなければ、俺の人生はこんなに充実してなかったと思う。ろくに努力もせず、これがちょうどいい、バカだからしかたない、って言い訳しながら、なんとなく生きて、死んでいったと思う。こんなにめんどくさい性格なのに、どんな俺の姿を見ても健人さんは幻滅しないどころか、愛してくれるから、自信を持って生きていられるんだ。本当に健人さんには感謝しかないよ。ありがとう」
健人さんの口がわずかに開いたが、言葉が見つからなかったのか、結局何の音も発せずに閉じた。健人さんがゆっくり近づいてきて、強い力で抱きしめられた。
温かい。俺たちはこの先もずっと寄り添い、支え合いながら生きていくのだろう。根拠なんか全くないけれど、そう信じられた。
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