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第1章 5

 グラスの中身が3分の1ほどになる度に目ざとく店員を呼びつける夏野に散々飲まされて、すっかり酔っぱらった幸村は少しふらつく足で店を出る。その日暮らしのフリーターだと話す夏野に対して見栄を張り、最初の一杯以外は幸村が支払った。 「……で?夏野、2軒目どこだよ?」  普段は言われるばかりのこの台詞も、口に出してみると気分がいい。 「幸村さん、飲みすぎ。次行けんのかよ?」 「あ?誰が金払ったと思ってんの?ダイジョーブだから、早くどっか連れてけよ」 「はいはい。ちゃんと付いて来いよ」  軽く腕を引かれ、色っぽくネオンの輝く街並みを歩き出す。すれ違う若い女性達は、時々何かを囁き合いながら夏野のことを振り返った。彼の魅力は、顔がいいということだけではないようだ。軽薄そうな雰囲気にも関わらず、その瞳は自信に溢れ、低い声には有無を言わせない迫力がある。  ――絶対モテるのに。マッチングしなかったのは夏野のお眼鏡に適う女の子がいなかっただけだろ。  友人と比べられた挙句、選ばれなかった幸村は恨めしそうにその背中を睨みつけた。 「ここでいい?」  連れてこられたのは、雑居ビルの地下にあるバーだった。地上の喧騒が届かない静かな場所で、てっきり先程と同じような大衆居酒屋に来るとばかり思っていた幸村は面食らう。 「え、ここ……?なんか高そうだけど、さすがに俺……」 「それなら大丈夫。俺、顔が利くから」  酔いも冷めそうなほど戸惑う幸村の手を引いて、夏野は重厚感のある木製の扉を開けた。カウンターのみの薄暗い店内には落ち着いたジャズミュージックが流れ、数名の客が声を潜めて話している。 「おや……(こう)君か。久しぶりだね」 「こんばんは、マスター」  顔が利くというのは嘘ではなかったらしい。カウンターの中にいる男性は、夏野の顔を見るなり穏やかな声を掛けてきた。 「晄君はいつものでいい?お連れさんは?」 「幸村さん、何飲む?」 「えっと……じゃあ、モスコミュールで」  社会人7年目、それなりに飲みにも行っているし酒も強いつもりだが、幸村はこういったバーには慣れておらず、咄嗟に頭に浮かんだカクテルの名前を口にした。マスターはそんな幸村の様子を笑うこともなく、全てを心得ているという風に何も聞かずにドリンクを作り始めた。

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