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第1章 9

「ごちそうさま!いやー、マジで助かった。幸村さん、マジ神」  宣言通り幸村の買ってきたものを全て平らげた夏野は、その場で大きく伸びをして、満足そうにそう言った。無邪気に喜ぶその様子に幸村も思わず目を細めるが、気を取り直して本題を切り出す。 「それで、何があった?何でここに来たんだよ」 「えー……それがですね……」  夏野は言いづらそうに目を伏せるが、意を決したように顔を上げると、潤んだ瞳で幸村を見つめた。 「なぁ、幸村さん、俺をペットにしてよ」 「…………はぁ?」  突拍子もない発言にも関わらず、その表情は真剣だった。テーブルの上に置かれた手は微かに震え、眉間には皺が寄り、唇がきつく噛まれている。その様子を見て、幸村は悔しいんだろうなと思っていた。人間の尊厳を捨ててペットに成り下がろうというのは、たとえ夏野のようなちゃらんぽらんな人間にとっても耐え難いことなんだろうと。きっと、何か特別な事情があるに違いない。しかし、だからといってそれを二つ返事で受け入れる理由にはならなかった。 「断る」  幸村はなるべく真面目な声を出した。相手が真剣なのであれば、こちらも同じように応えてやるのが最低限の大人の務めだと思ったからだ。しかし、それを聞いた夏野は、ふっと薄ら笑いを顔に浮かべると再び視線を落として頭を掻いた。 「ですよねぇ……」  とても情けない表情で、おどけたような声を出す。先ほどの真剣さは一瞬にして消え去り、まるで最初から全て諦めていたとでも言いたそうな、ヘラヘラとした何の気迫も気概も感じられない姿だった。  それを見た途端、幸村の中で何かが崩れ落ちるような気がした。  ――そんな顔するくらいなら、最初から俺を頼るんじゃねぇよ。俺を求めた理由があるんじゃねぇのかよ。あんなどしゃ降りの中、いつ現れるかわかんない俺のこと、ずっと待ってたくせに。行きずりで1回一緒に飲んだだけの俺のことを。  苛立ちと失望の感情が湧き上がり、自分が夏野に何かを期待していたのだと気が付いた。幸村はため息をつくと、ゆっくりと口を開く。 「順番が逆だろ?先に事情を話せよ。だからお前はダメなんだよ」  上から目線の偉そうなお説教。一度会っただけの人間相手に何をしているんだと思いながらも、幸村は夏野のことを放っておけないと感じていた。誰かに頼られることに飢えていたのかも知れない。 「住むとこないんだろ?ちゃんと訳を話してくれたら、しばらくうちにいてもいい。男を飼う趣味なんかねぇけど、飯くらい俺が面倒見てやるよ」  顔を上げた夏野の目が泳ぎ、再びぎゅっと拳を握り締めるのが見える。大きな丸い目が一瞬だけ不快感に歪んだように見えたが、すぐにその表情は安堵の色を纏った。 「ほんとに?ありがとう。幸村さん……」  きっと、初めて人の温もりに触れる子猫もこんな目をするんだろう。そんな寂しさと疲労が見せた幻覚に、幸村は心が満たされるのを感じていた。

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