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第2章 1
数日前に始まった単身者向けの1Kでの二人暮らしは窮屈だったが、夏野は部屋を散らかすこともなく、食事さえ与えれば大人しくそこにいるだけだったため、幸村は既にその生活に慣れ始めていた。通勤電車の中で突然できた同居人――いや、自称ペットのことをぼんやりと考える。
夏野晄 、24歳。元フリーターの現在無職。大学を1年留年した挙げ句、卒業間近で退学し、それからずっと定職に就かずその日暮らしを続けてきたらしい。大学退学時に親から勘当され、信頼できる友達もいない。
あの日、夏野が幸村を訪ねてきた理由は至極くだらないものだった。「バイトクビになって、家賃も滞納してたから逃げてきた」軽い口調でそう言う夏野に対して、幸村は何時間もお説教をして、最終的には夏野の貯金に自分の金を少し足して滞納分の家賃を払わせたのだった。
幸村の元に来たのは、あわよくば誰かに泊めてもらおうと繁華街を目指して歩いていたところ、たまたま見覚えのある場所に来て思い付いたとのことだった。見ず知らずの人間よりはまだ幸村の方が信頼できると判断したんだろう。
それなりの金額を貸したとはいえ、幸村は夏野のことを完全に信用しているわけではなく、通帳やパソコンといった貴重品は鍵付きの引き出しにしまうようになった。引き出し1つ分しか隠すものがないことに我ながら落胆したが、夏野の持ち物はそれよりも少なかった。大きめのボストンバッグに入っていたのはほとんど服だけで、財布と古いスマホ以外の貴重品はなく、思い出の品なんかは1つもなかった。
そして、ペットになりたいと言った理由は、単純に働くのが嫌になったのと、幸村が猫を飼いたいのにアレルギーで飼えないと話していたのを覚えていたかららしい。
――でも、そこだけなんか嘘くさいんだよなぁ。
そんなことを考えているうちに会社に到着し、幸村は頭を切り替えていつもと変わらない様子で仕事を始めた。
「今日飲みに行く人ー?」
毎週金曜日だけは、皆そそくさと仕事を切り上げる。課長の呼びかけに対して、カタカタとせわしくなくキーボードを打つ音が一瞬だけ止み、数人が手を挙げた。
「えーっと……4、5、6人、俺とユキで8人だな。今日は海鮮行っちゃう?」
「いいですねぇ。承知しました。一応電話してきます」
当然のように頭数に入れられた幸村は笑顔で立ち上がる。廊下の隅で居酒屋に電話をした後、ふと家に残してきた夏野のことが気になった。
幸村の家に居候し始めてこの数日間、夏野のペットっぷりは感心するほど徹底されていた。自ら家事をしないのは当然のこと、幸村が頼んだちょっとした雑用もしない。水分以外は食事も自分では取らずに幸村の帰りを待ち続け、促さなければ風呂も入らない。
このままいつも通り飲みに行けば家に帰るのは日付が変わった後だ。朝、菓子パンを2つほど与えただけで大丈夫だろうか。
――って、何考えてんだよ、俺は。あいつは成人した大人だし、少ないけど金だって渡してる。連絡さえ入れとけば好きにするだろ。
夏野宛に『飲み会で遅くなる。飯は適当に食っといて』とメッセージを送信して、幸村はソワソワとした気持ちに蓋をした。
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