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第2章 2

 1台のタクシーがとあるマンションの前で停止して、2人の客のうち1人を降ろす。 「田代さん、お疲れ様です。いつもありがとうございます」 「おう、じゃーな、ユキ。釣りは月曜返せよ」  幸村は今しがた降りた先輩の田代から預かった1万円札をワイシャツの胸ポケットに入れて、あくびを噛み殺しながらスマホを取り出した。2軒目の店に電話した時から気になっていたのだが、夏野から返信が来ていない。  自宅近くのコンビニの前でタクシーを降りて、甘いものが好きだと言っていた夏野の言葉を思い出しながらシュークリームを2つ買った。放っておいたことへの罪悪感などではなく、ちょうど明日の朝食に食べる物がなかったんだと自分に言い訳をする。  高級住宅街と繁華街のちょうど間くらいにあるこの場所は、たくさんのマンションが立ち並び、単身者や小さな子供のいる家族が多く住んでいる。この時間帯でも幸村と同じように夜更かしをしている人間がまばらに歩いており、比較的治安のいい住みやすい街だった。  それでも、マンションの中は静まり返っていた。1歩エントランスに足を踏み入れると、起きているのは自分だけなのではないかという妙な錯覚に襲われる。  音を立てないように、そっと鍵を開け、その扉を引く。寝ているはずの夏野を起こさないように、忍び足で中に入ったその時、幸村は声を上げそうになって慌てて口を押さえた。 「遅い」  ジトっと伏せられた丸い目が幸村を見つめる。これが本当に猫だったら、耳を後ろに反らせてピンと横に張り、苛立った様子で尻尾を左右に振り回していることだろう。夏野は玄関を入ってすぐの廊下で、ブランケットにくるまって蹲っていた。 「……え、何してんの?」 「何してるかって?待ってたんだよ、幸村さんを」  幸村は困惑しながらも鍵を閉めて靴を脱ぐ。とりあえず部屋に入ろうとしたが、夏野が動かないためその体を跨ごうと脚を上げた。 「おい、俺を跨ぐな」 「は?いや、部屋入れねぇし」  仕方なく脚を床に置くと、夏野は満足したように鼻を鳴らした。 「飯は?」 「……食っといてってメッセージしただろ?」 「はぁー……俺は幸村さんのペットだよ?幸村さんに与えられた物しか食わないの」 「お前マジかよ……」  呆れて物も言えなくなった幸村はそのまま玄関に座り込み、今買ってきたばかりのコンビニの袋を夏野に突きつけた。 「とりあえずこれ食う?あとカップ麺ならあるけど」 「……おっ、うまそう!やったー!これ2個とも食っていいならカップ麺はいらない」 「いいよ。その代わり部屋に入れてくれ」  機嫌を治したらしい夏野は立ち上がると、シュークリームを手にして嬉しそうに廊下の奥へと歩き始めた。

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