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第2章 9
「……いてっ」
寝返りを打った時に手をどこかにぶつけてしまい、幸村はその衝撃で目を覚ました。
「……あれ?夏野?」
部屋の中は真っ暗だったが、その隣に夏野の姿がないことはわかった。
「何?」
声がした方を振り返ると、夏野の顔がぼんやりと浮かび上がる。ベッドの上でスマホを触っているらしい。
「起きてたなら起こせよ。ってか電気くらい点けろ。目悪くなるだろ」
「幸村さん疲れてると思って」
変な気遣いに呆れながら立ち上がり、部屋の電気を点ける。
「今日も飯食いに行こうよ。今何時?早くしないと……」
「作ったよ」
「は?何を?」
「晩飯」
夏野はベッドから降りて幸村の隣に並ぶと首を傾げた。
「幸村さん、言ってなかったっけ?たまには誰かの作った飯が食いたいって」
折りたたみ式のローテーブルの上に並べられたのは、温め直された野菜炒めと味噌汁、小鉢が2つに、白いご飯。一口コンロしかない狭いキッチンで、材料が余らないようにとカット野菜と百円ショップの調味料を駆使して作ったというその食事は、想像以上にちゃんとしたものだった。
「ほんとに夏野が作ったの?」
「他の奴が作ったっていう方が怖いだろ」
ケラケラと笑いながら、得意げな表情を見せる。
「定食屋で働いてたことあるから、一応料理もできんだよ。旨いかわかんないけど……まぁ、食ってみてよ」
「……いただきます」
一口食べてみると、懐かしいような味にホッとする。ここ数年、誰かの手料理を食べるのは年に一度の帰省の時くらいだ。
「……どうかな?」
「普通に旨いよ。すげぇな」
「……普通に?」
「いや、その、めちゃくちゃ旨い。ありがとな。嬉しいよ」
普通に、という言葉に顔を曇らせた夏野も、幸村の感謝の言葉にすっかり気を良くしたようで嬉しそうに箸を取った。
「夏野、これ毎日作ってよ」
「土日だけならいいよ」
「平日こそこういうのが有り難いんだけど」
「平日は幸村さんのペットだから」
なぜペットにこだわるのか、という疑問を口に出しかけたが、前日のことを思い出してそれを飲み込む。
「……最近のペットは料理もするらしいよ?」
「あはは。そんなわけないだろ」
夏野の屈託のない笑顔を眺めながら、幸村は二度とそのことを詮索するまいと決意した。そして、それと同時に、夏野のその希望を最大限に叶えてやろうと考え始めていた。
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