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第3章 3
その日は金曜日だったが、体調不良だと言って飲み会を断り、急いで家へと帰った。もしかしたら、知らぬ間に心が通じ合い、夏野が部屋で待っているかも知れない。理由もなく淡い期待を胸に抱き、深呼吸をしてから扉を開く。
「ただいま」
がらんとした廊下、数日前に片付けられたままのキッチン、薄暗い部屋の中は物音1つせず、ただ当然のようにそこに在り、幸村は自嘲気味に鼻を鳴らした。
「そりゃそうだよな」
それでも、必ず夏野は夜中までに帰ってくる。そのことに縋り、ソワソワとして落ち着かない心を誤魔化すように、買ってきたコンビニ弁当をテーブルに広げてテレビをつけた。
時刻は20時を回ったところだった。かつては夢中だった猫の動画も、見慣れないバラエティ番組も、幸村の心の穴を埋めることはできなかった。夏野のスマホは通信会社に契約されておらず、Wi-Fiに接続できなければ連絡もつかない。
探しに行くわけじゃない。気分転換に散歩に行くだけ。自分自身にそう言い訳をして家を出る。
伸し掛かるような暑さを感じて、幸村の足は自然と公園へと向かった。猫のように気ままな夏野が見つけたお気に入りのあの場所で、空を見上げる横顔を思い浮かべる。
――いい加減、素直になれよ。俺は……早く夏野に会いたい。そして、あの時戸惑って言えなかった気持ちをちゃんと伝えたい。
ジョギング、犬の散歩、通り抜け、様々な目的の人間が暗くなった公園を訪れている。大きな池に掛かる橋を越えて、芝生で覆われた広場を抜けて、幸村は辺りを見回しながら足を止めた。道に迷ってしまったのだ。
「夏野はたしか……」
そう呟いた時、まるで返事をするかのように小さくか細い声が聞こえた。振り返ると、街頭に照らされた琥珀色の瞳がキラリと光る。1匹の胡桃色の猫が退屈そうに欠伸をして、幸村のことを見上げていた。
「お前……ナツの友達?似てるから兄弟?なんてな」
少し撫でるだけならアレルギーも大丈夫だろう、そう思ってその頭に手を伸ばすと、「にゃ」と短く鳴いてするりと幸村の脇をすり抜けて行った。
「なんだよ、お前も頭撫でられるの嫌いなのか」
漫画のような出来事に、ふっと笑いが込み上げてきた。夏野に似た瞳と毛並みを持つ猫は、付いて来いと言わんばかりに幸村の方を振り返り立ち止まる。幸村はその姿に祈るような気持ちを抱きながら、逃げられないようにゆっくりと一歩を踏み出した。
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