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第3章 4

「マジかよ、ほんとに来れた。あいつやっぱ化け猫なのかな」  そう呟いて幸村はベンチに腰掛ける。随分と遠回りをさせられたが、幸村は無事にあの場所に辿り着いていた。  そこに夏野の姿はなかったが、それでも幸村はこの神秘的な出来事に浮かれていた。家に帰った後、自分の気持ちをどうやって夏野に伝えようか。きっと分かり合えるはず。そう考えながら空を見上げる。  その時、誰もいないはずのその場所で、微かな音が聞こえた。風のいたずらか、動物か何かか、幸村はそう思いながらも腰を上げると、導かれるように音のする方に近付いていく。木々の向こうに進むと公園の端にぶち当たり、小さな物置の裏から話し声のようなものが聞こえてくる。 「……――あれ、名前何だっけ?」  物置の影に身を潜めると、囁くような声が静寂の中に響く。それと同時に、獣のような荒い息遣いも聞こえてくる。 「あぁ、そうだ。ナオトだったな」  ――まさか、夏野?  その声は夏野のものに似ていた。野良犬でもいるのだろうか、ひとり言のように話し続ける。 「ナオト、そんなにこれが旨いか?あはは、いい子だな」  優しく語りかけるようで、どこか冷たい響きを含む。 「うわ……おい、もうやめろ。服にヨダレ付いただろ。(きたね)ぇな。……あ、そうだ。ナオト、見せてみろよ。あんたの一番汚い場所を」  ぞくっと背筋が寒くなる。この声は、言葉の通じない動物に語りかけているのではない。これは紛れもなく、人間を相手に放つ言葉だ。 「あはは、もうこんなになってんのか。……ほんっと気持ち(わり)ぃな。ドロドロで、俺こんなん触んの無理だよ。どうしよう。なぁ?」 「……あっ……あぁっ……痛い!ごめんなさいっ!」  ハァハァという荒い息遣いは一層激しさを増し、砂を蹴るような音と共に、男のうめき声が聞こえてくる。

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