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第3章 7

 家に帰っても夏野の姿はなかったが、そこに残されたままのボストンバッグの存在に安堵する。  ――夏野はきっとここに帰ってくる。でも、あんな姿を見てしまって、俺は何を話せばいい?他所で何をしてても俺にとって夏野は夏野だ。そう思いたいのに、夏野の冷たい声が、ナオトって奴の怯えた声が頭から離れない。  幸村は落ち着かない気持ちで部屋の中をウロウロと不必要に歩き回っていた。1分が1時間のように感じられ、夏野を探しに行こうかと玄関へ向かったその時、ガチャリと鍵の開く音がした。 「……なによ、幸村さん」  こうして名前を呼ばれるのも数日ぶりだった。 「何って、待ってたんだよ。夏野が帰って来るの」 「何で?」 「それは……」  いざ夏野を目の前にすると、何から話していいものかわからず口ごもった。そして、僅かな沈黙の後で、まずは覗き見したことを謝ろうと口を開く。 「夏野、俺――」 「軽蔑しただろ?あれが俺の本性だよ」  幸村の言葉を遮るように、夏野の苛立った声が発せられる。 「俺達は、あんなことしなきゃ生きられない、醜い生き物なんだよ」  夏野はそう言うと、力なくその場に座り込んだ。幸村はそこに駆け寄ろうとしたが、夏野に触れることに戸惑い拳を握りしめて立ち尽くした。 「夏野……その、いつから……」 「ずっと。幸村さんと会うより前から、今までずっと」  頭を抱えていた夏野の手に力が込められていき、グシャッと乱暴にその髪を掴んだ。 「……じゃあ、あの人が夏野のパートナー?」 「え?……あぁ、違うよ。あいつは今日が2回目。あいつは俺の客だよ」 「あの人が……客?」  その発言に、幸村はまたしても自分の中に軽率な偏見が存在することを思い知る。他人を金で買うという行為は、支配する性であるDomが行うものだといつの間にか思い込んでいたのだ。

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