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第3章 8

「俺は……Domであることを憎んでるのに、Domであることを利用するしか生きる術がないんだよ」  夏野の声は震えていた。その原因が怒りなのか悲しみなのか絶望なのか、幸村には想像することもできなかった。 「笑えるよな。金のためにあんなこと……。今日は野外なんて危ないことさせられたのに、Safe Word言わせたから減額されて1万だよ」  Safe Wordとは、Subが心身の限界を感じた際にPlayを中断させるための言葉のことだ。ナオトという男が発した「レッド」というのがそれだったのだろう。  公共の場でのPlayは犯罪行為だが、捕まった時に重い処罰を受けるのはきっとDomである夏野の方だ。もしも、あの時、何も知らない幸村が2人を止めに入っていたらどうなったのか。騒ぎになって警察を呼ばれていたかも知れない。  客という強い立場とSubという弱い立場を利用され、Safe Wordも持たない夏野は、幸村の目にとても不憫な存在として映っていた。 「何でそこまでして……。じゃあ、あれは金のためで、夏野が望んでやったんじゃないってこと?」 「Playの内容は客の希望だよ。俺だって本当はあんなことしたくない。あれをすればDomの欲求は落ち着くけど、でも俺はそんな自分が許せなくて……」  その答えに、幸村は少しだけホッとすると同時に、自分の浅はかさを悔やみ、夏野の前で膝を折った。 「ごめん、夏野」  床に頭を付けて謝罪する。どれだけ寄り添いたくても、2人の間には途方もないほどの距離がある。それを埋めることは叶わなくても、せめて、僅かでも自分の気持ちをわかってほしかった。  自分の膝に頭を埋めていた夏野は、幸村の様子に恐る恐る顔を上げ、その姿に驚き声を上げた。 「えっ?幸村さん、何で?何してんの?」 「ごめん。俺、夏野のこと何もわかってやれなくて。そんな辛い思いをしてたなんて全然知らなくて、無神経なことばっか言って……ほんとにごめん」 「ゆ、幸村さんっ……お願い、顔上げて」  肩を掴まれ顔をあげると、夏野の目元が濡れていることに気が付く。どうして今まで何もしてやれなかったのか、その思いが脳内を駆け巡り、体を起こすとその勢いのまま夏野を抱き寄せた。 「夏野……」  ふわりと甘い香りが漂い、柔らかな髪と硬い背中、温かい体温が、そこに夏野がいることを実感させる。 「ありがとう。帰ってきてくれて」

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