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第4章 2
幸村は幸せだった。2人の夢のため、窮屈な部屋で節制して過ごし、身を粉にして働き、寝る間を惜しんで勉強するこの生活は、とても充実しているように見えた。夜、隣で眠ることができなくても、僅かな時間しか触れ合うことができなくても、毎日変わらないその笑顔を見ることができて、この上ないほどの幸せを感じていた。
――それでも、時々、不安になる。このすれ違いの生活の先にあるのは何だろう。
「じゃ、バイト行ってくる。幸村さん、あんま夜更かしすんなよ」
「大丈夫。お前も無理し過ぎんなよ。……いってらっしゃい」
玄関の扉の前で、触れ合うだけのキスを交わす。ほぼ毎日必ず訪れる見送りの時間だけは、どれだけ回数を重ねても幸村の心に寂しさを落とした。お互いを思いやる言葉は、離れがたい気持ちを表している。
――叶うかどうかもわからない夢のために……。
静かな音を立てて閉まる扉を見つめながら、幸村は下唇を噛んで立ち尽くす。
――飲み薬で抑えられるんなら、何で手術しなきゃいけないんだろう。
何度も喉まで出掛かったその疑問を今日も飲み込む。
そして、玄関に背を向けると、幸村はそんなことを考えてしまう自分を責めるようにぐっと強く拳を握った。抑制剤で抑えられるのは衝動だけで、欲求不満の状態が続けば体に負担がかかることは幸村も理解していた。
――手術が必要だから、夏野はこの間まで自分の心を犠牲にして体を売ってたんじゃないか。それなのに、俺は何てことを考えてるんだ。辛いのは夏野の方だ。こうしてそばにいてくれるだけで、俺は十分幸せなんだ。
幸村は両手で自分の頬を叩くと、机に向かって勉強を始めた。
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