40 / 99

第4章 8

 玄関の扉を開ける時、妙な胸騒ぎが幸村を襲った。はっきりとした物は何もなかったが、扉の向こうから立ち込める空気がいつもと違うような気がしたのだ。 「ただいま……」  脱ぎっぱなしの靴、薄暗い廊下――いつもそこにいるはずの夏野がいない。疲れていたからまだ寝ているだけだろう、そう思い込もうとしても、なぜか緊張して鼓動が速くなる。 「なつ……の……?」  恐る恐る部屋の中に入ったその時、短い廊下の向こうから聞き慣れない物音が聞こえてきた。  ゼェゼェと苦しそうな息遣い、ガチャガチャという金属同士がぶつかるような大きな音、それから、ウーウーという獣のような唸り声。 「夏野!」  只事ではない雰囲気に靴を脱ぎ捨てて洋室に駆け込むと、そこに広がる光景に幸村は言葉を失った。  まるで、腹を空かせた一匹の獰猛な肉食獣が、怒りで我を忘れているかのようだった。  カーテンを閉めた薄暗い部屋の中には、髪を振り乱し、大量の汗を流しながら、手錠でパイプベッドに片手を繋がれた夏野がそこにいた。綺麗だったはずの琥珀色の瞳は、暗闇のせいなのか酷く濁っているように見える。 「な、夏野、お前何して……いや、そんな……と、とにかく、それ外さないと……」  幸村は訳も分からないまま、必死で状況を理解しようと辺りを見回して何かを呟いていた。手錠の掛かった夏野の左手首は擦り切れ、血が滲んでいる。 「…………あぁ、朝陽?」  低く唸るような声だったが、夏野が確かに自分を呼んだことで幸村は僅かにホッとした。 「夏野?俺がわかる?お前それ自分で……」 「出てってよ」 「え?」 「今すぐそこから出てけって言ってんだよ!」  ガシャガシャと手錠がパイプベッドにぶつかる音が響く中で、夏野は聞いたこともないような声で怒鳴った。幸村は竦みあがるような恐怖を感じたが、それを堪えて夏野に近付く。

ともだちにシェアしよう!