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第5章 2

 長い道のりを歩きながら、夏野は幸村と出会うまでの人生を振り返る。  子供の頃から体力には自信があった。いや、体力だけではない。小学生の頃の夏野は全てにおいて常にトップに立っていた。テストは満点、リトルリーグではエースで4番、絵画や書道のコンクールで入賞するのだって当たり前だった。そして、能力が高かっただけではなく、誰からも慕われる人気者だった。児童、教師、保護者までもが夏野と同じクラスになることを望んでいた。  Neutralである夏野の両親が我が子のDynamicsに期待を抱くのは当然のことだった。そして、10歳を迎えてすぐ、夏野はDomだと診断された。「晄はきっと誰よりも偉くなるんだよ」「お前は人の上に立つ器がある」そうした両親の言葉は夏野を鼓舞し、さらに上へ上へと駆り立てた。  中学、高校はDynamicsを持つ者だけが入学できるという学校へ進学した。Dynamicsの遺伝性については諸説あるが、その学校には両親ともがDynamicsを持ち、裕福な家庭で育ったという生徒が多くいた。そのため、夏野にはない財力を見せつけられることもあったが、それでも夏野は校内の覇者となった。持ち前の体力と勤勉さで、学年トップの成績を1度も譲らなかったからだ。その上、夏野は誰よりもPlayが上手かった。未成年の過激なPlayは禁止されているが、夏野は大人に隠れて何人ものSubを虜にしていった。  夏野は昔から、誰かの期待に応えるのが何よりも好きで、得意だった。求められる役割を演じるのは、いつしか彼のアイデンティティとなっていた。  そのため、夏野のPlayに特色はなかった。ただ、相手が望んでいると思うCommandを与えてやるだけ。それができないDomは多かった。  そんな夏野が初めて打ちのめされたのは、大学に進学した後のことだった。当然のように国内最難関の大学に現役で合格したが、そこには同じように優秀な学生が何人もいたのだった。初めのうちは必死で学問に取り組んでいたが、決して1番にはなれないという現実が夏野の前に立ちはだかり続けた。夏野はそのことを両親に知られ、失望されるのが何よりも怖かった。未だに自分たちの期待が我が子のためになっていると信じて疑わない両親の姿に耐えられなくなった夏野は、いつしか大学の外に逃げ場所を求めるようになっていた。

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