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第5章 4

 生意気で不思議なSubに興味を持った夏野は、暇だったこともあり、教授室の前で例の学生が出てくるのを待っていた。きっかり2時間経過したそのとき、かちゃりという小さな音とともに扉が開いた。 「待ってたよ」  廊下に座っていた夏野は音のする方を見上げて声を掛けた。白い肌の向こうで短く整えられた黒髪が僅かに揺れるが、彼は夏野のことを見向きもせずに歩き去ろうとする。 「なぁ、無視すんなよ」  夏野が腕を掴むと、ビクッと肩が震えるのが見えて、それから大きなため息が聞こえた。 「大声出しますよ」 「は?」 「あなた、自分のこと何だと思ってそんなに偉そうにしてるんですか?Domでしょう?Subの僕が襲われたと言えば周りの人間は皆信じるでしょうね。そうなればあなたは停学か……いや、その成績じゃ即退学でしょうね」  振り向きもせず、淡々とした口調で学生は話し続ける。 「いい加減離してください。夏野晄さん」  成績について触れられた上に名前を呼ばれたことに驚き、夏野はその腕をさらに強く握る。 「……何で俺のこと知ってんだよ」  学生はその手を振りほどき、急に体の向きを変えると眉を寄せてキッと夏野を睨みつけた。 「勘違いしないでください。僕はあなたに興味なんてない。さっき教授にあなたの愚痴を聞かされただけ。あなたみたいな人が同じゼミにいると迷惑なんです。やる気がないならいっそ本当に退学すればいいのに」  捲し立てるようにそう言うと、彼は再びくるりと体の向きを変えてスタスタと歩き去ってしまった。  敵意を込めて自分を見上げる漆黒の瞳が脳裏に焼き付いて離れず、夏野は呆然としながらピンと背筋の伸びた後ろ姿を見つめていた。彼は、まるで敢えて夏野を挑発してその身を危険に晒しているかのようだった。  ――何でそんなこと……本当に襲われたらどうすんだよ。もし俺がGlare使ったら大声も出せないだろ。  放っておけない、誰かに対してそんな風に思ったのはこの時が初めてだった。人気者として生きてきた分、1人に執着することはなかったからだ。 「……竹中教授!今出てったの誰?!」  夏野はすぐそばにあった教授室の扉をノックすることもなく開くと、目を丸くして驚く教授に叫ぶように問いかけていた。

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