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第5章 5

 その学生の名前は萩原(はぎわら)大地(だいち)。夏野と同じ教養学部の3年生で、竹中ゼミに所属している。エネルギー問題に関する研究グループに入っていて、夏野と論文のテーマも似ていることから、教授は彼と夏野を引き合わせたいと話していた。 「――なんて言われたけど、あの嫌われようじゃなぁ」  昼食をとる学生で混み合う食堂の中で、夏野は同じゼミの友人数名に囲まれながら唐揚げ丼をつつく。ゼミに出席するつもりはなかったが、大学に来てみるとちょうどその団体が見えたため声を掛けたのだった。 「夏野君だけじゃないよ。萩原君に好かれてる人間なんていないから」  向かいに座っている女子学生がため息をつきながらそう答えると、周りの学生たちも堰を切ったように同調する。 「萩原を好きな人間もいないと思うけどな。あいつ、世の中全員を見下してますって感じ」 「特にDomへの当たりキツイよね〜。私なんか話しかけるだけで睨まれるし」 「研究も全部1人でやろうとするから教授も困ってるんだよね。萩原君1人に時間とられちゃって」  それを聞いた夏野が「問題児なんだな」と呟くと、すぐ隣にいた男子学生が噴き出した。 「問題児なのは夏野も同じだろ。ゼミも全然来ないし……それに、噂聞いたよ。RougeってクラブでSubとっかえひっかえしてるって」 「私もそれ聞いた!可哀そうな竹中教授。優秀な学生に限って問題児なんて」  そう言われることにもすっかり慣れてしまった夏野が曖昧な笑顔を浮かべて頭を掻くと、向かいに座っている女子学生が小さく声を上げた。 「あっ……噂をすれば来たよ、萩原君」  夏野が振り返ると、周りの様子など一切気に留めずに真っすぐ前を見つめて歩く萩原の姿が目に入った。白い肌に映える艶やかな黒髪と漆黒の瞳が印象的だが、華奢で小柄なためにすぐに人混みに紛れて埋もれてしまった。 「……なぁ、夏野ならいけんじゃない?」 「何が?」 「萩原と仲良くなるの。Subなら誰でもいけるゲテモノ食いなんだろ?」 「ゲテモノって……相手のSubの人に失礼だろ。あと俺にも」  隣に座っていた男子学生の面白半分といった提案に夏野は顔を顰めるが、他の学生たちは声を揃えて賛成し始める。 「確かに夏野君は研究テーマも似てるし、意外と相性いいかもしれないね」 「ほらー、声掛けてみなよ。竹中ゼミのためだと思ってさ」  囃し立てられるようにして、夏野は食器の載ったトレーを手に持ち立ち上がった。

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