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第5章 7
「大地、俺、4月からもここにいることにした。やっぱ卒業できないって」
相変わらず不機嫌そうな顔で1人前にしては多すぎる食事をとっている萩原に対して、夏野はだらしのない笑顔を浮かべてそう言った。
「だから何なんですか?僕には関係ないでしょう」
「関係なくないよ。あとはゼミの単位だけだから、これからは大地と一緒に研究して全力で卒論書く」
「僕はあなたと一緒に何かをするつもりなんてありません」
「つれないな。いつも一緒に飯食ってるじゃん」
2人が初めて会話した日から既に4か月ほどが経過していた。萩原は相変わらずの態度で、ゼミの中でも一匹狼を貫いているようだったが、夏野にはかなり気を許しているようで、週に1度ほどの食堂でのこのやり取りを楽しんでいるように見えた。
「夏野さんが勝手にそこに座るんでしょう。僕が望んだことじゃない」
いつの間にか名前を呼ばれるようになっていることに満足しながら夏野は蕎麦をすする。萩原のことを口の悪い弟のように考え始めていた彼は、あと1年少しの学生生活に思いを馳せた。
留年すると決めたのは夏野の意思だった。昨年度の夏野の研究を評価していた竹中教授は、形だけでも論文を完成させれば卒業要件の単位を与えると申し出てくれたが、夏野はそれを断ったのだった。情けで卒業するくらいなら、4年生をやり直して萩原と共に研究をしたいと思ったからだ。萩原は優秀だったが、1人でできることには限界がある。夏野は自分こそが萩原を正しい方向に導くことができると信じていた。
両親に失望されることを恐れていた夏野は唇を噛んで彼らに頭を下げ、今までの非行を詫び、留年させてほしいと頼み込んだ。相当な罵倒と叱責を覚悟していた夏野だったが、意外なことに彼らはすんなりとそれを受け入れ、応援の言葉を口にしたのだった。
そうなってしまえば1番になることにこだわっていたのが急に馬鹿らしく思え、夏野はクラブ通いもやめて今までの分を取り戻そうとするかのように学問に励むようになった。春休みの間も大学に通い、図書館と教授室を行き来しては論文を読み漁って自身の研究に必要なデータを集めた。
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