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第5章 8

 2度目の4年生が始まってから数週間が経過したある日、夏野はゼミ後の教室に萩原と2人で残っていた。しとしとと降り続ける雨が窓を濡らすのを見つめながら、湿気の籠る部屋の中で萩原のタイピングの音をぼんやりと聞いている。 「大地、今何やってんの?」 「……各国のエネルギー自給率に関するデータの集計を」  萩原のパソコンを覗き込んだ夏野は、過去の自分も同様のことをやっていたと思い出した。そして、常に最新のデータ推移が見られるようにと組んだプログラムがあったことに気が付き、それを共有フォルダにコピーする。 「大地、それさ……俺が一昨年組んだバッチとマクロで一気に処理できるよ」 「だから?」 「使えばいいじゃん。ほら、これ。共有フォルダに入れたから」 「結構です。信用できないので」  変わらない頑なな態度に声を上げて笑いながら、夏野は萩原が自分を見ていないことが気になっていた。普段であれば必ず睨みつけてくるのに、その日は一度も目を合わせようとしてこなかった。 「手作業より信用できると思うけどなぁ。せめて中身見てから言ってよ」  夏野がそう言うとキーボードを操作する音がやんだが、相変わらず萩原は顔を上げようとしない。 「暇なら帰ったらどうですか?邪魔なんで」  負けず嫌いの萩原であれば夏野のプログラムを見た上で難癖をつけてきそうなものだったが、その返答は幼稚で短絡的なものだった。様子のおかしい萩原の横顔を見たその時、夏野は以前他の学生が話していたことを思い出す。  ――たまに欲求不満な顔してるっていうのはこのことかな。  頬はほんのりとピンク色に染まり、真っすぐ伸びた長い睫毛は少し濡れている。Sub特有の色気を纏い、何かを堪えるように薄く唇を噛む姿は情欲的で、夏野は一瞬だけその横顔に見惚れてしまった。 「んー?いやぁ……雨降ってるし」  見てはいけないものを見てしまったような気持ちになり、そう言って夏野は机に顔を伏せる。その途端、がたんと音がして萩原が立ち上がった。 「……おい、どこ行くんだよ」  夏野が顔を上げて声を掛けると、萩原はフラフラとおぼつかない足取りで教室を出ようとしていた。何か返事を発したようだが、その言葉は萩原自身の吐息に掻き消されて意味を成さなかった。

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