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第5章 9
心配した夏野が教室から顔を出すと、エレベーターに乗り込む姿が目に入る。扉が閉まるのを確認してから階数表示を見に行くと、それは普段学生が立ち入ることのない地下2階を表示して止まった。不審に思った夏野は階段を使って萩原を追いかけたが、初めて訪れた地下2階は薄暗い場所で、左右を見渡しても施錠された倉庫しか存在しなかった。
――どこ行ったんだろう。
夏野が途方に暮れていると、階段脇の男子トイレが目に入った。物音は一切聞こえなかったが、他に萩原がいると考えられる場所もなく、夏野はそっとその中に忍び入った。
一番奥の個室のドアが閉まっていることに気が付き、後ろめたさを感じながらも扉に耳を付けて中の様子を窺う。
「……っ……」
僅かな呻き声のようなものが聞こえてきた。Dynamicsを持つ者がその欲求を溜め込むと深刻な体調不良に陥ると聞いていた夏野は、苦しそうな声に不安を募らせた。そして、居ても立っても居られずに隣の個室に入り便器に足を掛けると、腕を伸ばして壁をよじ登るようにして中を覗き込む。
「……おいっ」
異様な光景に目を丸くしながらも、夏野は思わず声を掛けていた。便器に腰掛けた萩原はシャツを捲り上げて自分の腕に噛みつき、ズボンを下ろして男性器に触れていた。その腕に残る痛々しい歯型を見つめ、夏野は言葉を続ける。
「何してんだよ。やめろ。そこから出て来い」
相手の同意もなしにGlareを使って支配し、Commandを下すのは犯罪行為だったが、夏野は考える間もなくそれを行っていた。Subとしての萩原の色情に満ちた表情を見て自身の欲求が強く溢れ出てくるのを感じていたが、それに流されたわけではない。ただ不気味な自傷行為を止めたかった。
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