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第6章 2
拘束を解き、スウェットパンツを引き上げてパーカーを着せると夏野は萩原を買い物に行かせた。そして、先ほどまで萩原が座っていた椅子に腰掛け、机に肘をついて頭を抱え深いため息をつく。
萩原の期待に応えることがいつからか夏野の負担になっていた。萩原は始めから「おすわり」などの基本的なCommandでは満足しなかった。その上、今まで抑え込んでいたせいなのか、その欲望は留まるところを知らない。
――いつか俺は、大地に取り返しのつかないことをしてしまう気がする……。
脳裏には白く細い首を絞める自分の両手が浮かぶ。日に日にその手に込める力が強くなっていき、最終的には……。最近は毎日のようにそんな夢を見るほど追い詰められていた。
――俺が大地に教えてあげなきゃ。これ以上は危険だって。そして、Domである俺がPlayを支配して、正しい方法で大地を満足させなきゃ。
それまで特定のパートナーを持ったことのなかった夏野は、Playの内容がエスカレートしていくことにどう対処していいかわからずにいた。萩原は何を要求されても決してSafe Wordを使わないどころか、一層嬉しそうに顔を輝かせるのだった。
「……晄、ただいま」
ガチャリと音がして、萩原の荒い息遣いと湿っぽい声が聞こえてくる。下着を剥ぎ取られ、卑猥な道具をつけられた状態で買い物に行かされた萩原がどんな顔をしているのか、夏野には見なくてもわかった。いや、見てしまうと何も話せなくなる。そう思っていたから、夏野は振り返ることなく声を掛ける。
「なぁ、大地、俺は――」
「晄の好きな物買ってきたよ」
夏野の言葉を遮りながら机の上に置かれたのは、暑い季節には似つかわしくない湯気の立つコーヒーとあんまんだった。それを見た夏野は込み上げる感情をぶちまけるように舌打ちをする。
――この挑発に乗っちゃダメだ。でも、そうしなければ大地はきっと……きっと、俺の元から離れてしまう。
きちんと話したほうがいい、そう思っていたはずなのに、夏野は萩原を失いたくない一心でその瞳をGlareで満たす。そのまま顔を上げると、漆黒の瞳がぐっと見開かれ、悦びに震えているのがわかった。
「……なぁ、大地。ふざけてんの?このクソ暑い中、俺にこんなもん食わせるわけ?」
「でも、晄は甘いものとコーヒーが好きだから。ちゃんとお砂糖とミルクも貰ってきたよ」
最近の萩原は、お仕置きですらわざと失敗するようになっていた。そして、夏野はそれに応えるようにお仕置きを重ねていく。お互いのDynamicsが共鳴する限り、2人の体に絡みついた鎖は断ち切られるどころか、一層深いところに食い込んでいく。
夏野はコーヒーを手に取ると、反対の手で萩原のパーカーの胸元を掴み、その体を引き摺るようにしてキッチンへと歩き出した。
「ベロ出して」
萩原の顔をシンクの上に突き出させ、前に伸びた舌にコーヒーのカップを当てる。
「そもそもさ、これ、店員に声掛けなきゃ買えねぇだろ。俺何て言った?店員にエロい顔見せんなって言ったの忘れたわけ?」
「……で、でも、晄に喜んっぁあ゛っ」
「言い訳すんじゃねぇよ」
カップを少し傾けると、熱さに歪む大切な人の顔が見える。夏野はそれを見下ろしながら、全身が痺れるような快感を覚えていた。日々エスカレートするのは萩原の欲望だけではない。そして、そのことが夏野をさらに追い詰めていく。
――大地は俺のSubだ。俺が幸せにしてやらなきゃいけないのに。守ってやらなきゃいけないのに。なのに、どうして俺は……。
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